日本帰省記 06月09日(1) 梅雨の晴れ間の名古屋オフ

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この日は、名古屋→津お泊り→大人数でのセミナーの3連チャンの日。

懐かしいJR線で京都から名古屋まで全部ドンコーの旅。「懐かしい」というのは、学生時代遠距離恋愛で岐阜までカネがないからドンコーで何往復したことあるからです。

しかし、知らない間に駅が増えた増えた。え、そんな駅できたの?みたいなのが沢山。まず南草津なんか無かった。栗東もなし(インターチェンジならあったけど)。荒尾も、美濃赤坂も、近江長岡、西岐阜もなかった。

名古屋の手前、尾張一宮で二宮さんと会いました。
ヒロコさんというアート怪獣みたいな人がいて、アートとかいう形になる前の混沌の原初エネルギーに翻弄されている人で、今週のエッセイにあわせていえば、常に右脳と左脳と激しい銃撃戦をやってるような人。ほっとけば右脳に押し流されて社会生活不可能っぽいから、強烈な左脳主導で大学いって臨床心理士になってカウンセリングもやって無理やり押さえつけているような。最初は数年前に京都まで会いに来てくれて、「こんなん見えるんですけど異常でしょうか?」とスケッチした絵を見せてくれて、そこには蟲師に出てくる蟲のような奇怪な造形がぞろぞろ。すげえ、そんなの見えるんだ?それは異常じゃなくて、才能っていうんだよ。そこまで見えたら楽しいだろうなー、でも日常生活気が狂うだろうなー、おもしろいなーって。

ヒロコさんは今、沖縄の離島医療(メンタル系)のプロジェクトに参加しててやってるんだけど(閉鎖的な環境ですでにだいぶ鬱憤溜まってるようであったが)、田村さん(を・に)紹介したい人がいるという怪獣仲間の一人が一宮の二宮さんでした。最近、内なる野獣に気づいてしまってどうしましょってところでヒロコ一族になって、、、わかる?こんな言い方で?

怪獣とか冗談めかしていってるけど、ようは普通の生命力だと思います。生き物の基本というか、自然や世界に感応して、官能する力。こんなのは太古の昔は全員が今の何倍も持ってたでしょう、今でも全員が持ってると思う。そうでなければ、なぜ花屋があるのか?花を見てなにかしらいい気分になるから(世界と感応するとか)でしょ。それがあまりスポイルされていない人、それもかなりピュアなまま残ってる人は、逆に鈍感な世間とのギャップがきつくなってくる。身の丈の合わない服を着せられてるような気がして、ときどきマジ切れした北斗のケンシロウのようにビリビリッと服を破くように、なにかが膨れ上がってしまう。そのあたりのエネルギッシュなそれが怪獣。

とくにこの数年は怪獣が増えるのはわかる気がします。だって数年前帰国したときに「サナトリウムJAPAN」と書いた記憶があるが、サナトリウムみたいに清潔で静粛なんだけど、生命力が減衰してるように感じた。生の猥濁・死の清浄。今回さらに進行したなーと感じた。だからピュアな人ほどギャップに目覚めると思う。二宮さんが最近気づいたというのもわからない話ではない。旅行の乗り物の中で居眠りしてたのが、ふとしたことで、はっと目覚めるように、あれ?って。

二宮さんとは、示し合わせた電車に乗り込んでもらい、名古屋駅まで、そして名古屋駅の改札手前で20分くらいお話してました。一児の母なんだけど、見た目の大学の軽音でバンドやってる女の子風なんだけど。最近自分が怪獣だってことに気づいてしまいました。てか導いてくれた触媒のようなぶっとんだ人が周りにたまたまいたんだけど。話の内容は、怪獣が社会生活を送るにはどうしたら良いか論、もっぱら左脳技術論でした。

もう行かなきゃで、地下鉄で栄に。栄で、ひさしぶりに「地下帝国」名古屋を感じ、上に出てみたら、いい感じの青空が新緑とともに。

会場に着いたのは12時少し廻ったくらいだけど、扉をあけたらもう皆揃ってて、歓談中。
でも最初はほとんどが初対面ってこともあって、集団見合い状態でやや緊張気味。

なんか写真見てると、推理ドラマや名探偵モノの「犯人はこの中にいます」的な絵ですね~。

中野でやったように、ひとりっつ話降って自己紹介インタビュー式でだんだんほぐれてきて。

皆それなりの思いがあって、それなりの思いを裏付けるそれなりの軌跡があって。

桑野さん、その昔に新毛さんの布団運び(シェア移動)の際にクラスメートとして手伝ってくれたらしく僕と会ってるんだけど、たしかに誰かいたような記憶はあるが、ドンピシャ記憶ではないです。すんません。でも、6年AUSとNZで頑張って、でも永住取れずで意気消沈して帰国するも、自給自足の農業生活やろうとして、イノシシに三度破られて、、って話、細かく聞けてよかったです。もともとお父さんがそれ系のトライを岐阜の山の中でやってはったのですね。今は林業で、リアル木こり。なんせ山で家賃が1万円だから、ちょっと働いたらもう十分、親子三人でもやっていける。それ以上に、毎日が山ってのがいいなー。

山といえば、成田さんも立山だったっけ?の住み込みバイトで山にはまって(オーストラリア時代からも)、この日は山系が多かった。自然のなかでひとりぼっちというけど、僕の子供の頃の記憶(ただの雑木林だけど)、そしてシドニーのノースのブッシュでWalkingやってたときまた思い出したんだけど、ひとりだけどひとりじゃないというか、ああいう環境って絶えず誰かと喋ってるような感じがする。あんま寂しくない。誰かって人じゃないんだけど、なんかしらんけど対話モードになるのですよね。

桑野さんは絶えず満面の笑みを浮かべてらして、そのいかにも誠実そうな笑顔がまたよく、これ木こりをやめても、結婚式の司会とかで食っていけるんじゃないかって思うくらい。

これに対してキザキさんは雰囲気ある痩身で、なんつかな、荒野のガンマンみたいな衣装着させて映画撮ったら似合うだろうな、時代劇もいいよね的な。本業は鍼灸で、一時期よっしーのところにも居て、NZで永住権取って、今はお母様の介護で帰国中だという。歯ブラシありがとうございました。でも、お二人とも長い間エッセイ読んでてもらって、うれしいです。というか、そんなに面白いか?と書いてる方は今ひとつピンとこなくて。

木崎さんが荒野のガンマンなら、かとぅさんは、あれですね、宝塚の男装とかさせたらカッコいいんじゃないかなー。最初はやや緊張気味だったけど、だんだんほぐれてきて、ふっくらしてきて、最後は普通の大阪のおねーちゃんになってたけど、でもすらりとした長身と舞台映えしそうな目鼻だちは、宝塚でしょう?アトピー持病でお困りで、体調OKだったらオーストラリアに行きたくて、塾の先生やっておられて。

渡邉タクミくんはですねー、また明日会うけど、1年前にくらべて、油が抜けて爽やかになったかな。入試でコケて、引っ越し屋のバイトやったのが良かったのかどうかわからないけど、先走る観念と、実体験によって積み上げてきた自信のギャップが徐々にうまっていって、その分、ナチュっラルになってきて。

松尾さんは、航空関係のエンジニアで、これから渡豪を考えておられるという。さぞや会社では堅実にこなしてるんだろうなーという感じで、シドニーでまた会えるのが(数日一緒にやるのが)楽しみです。メガネの奥の優しそうな目が印象的でした。聞かなかったけど、学生時代とかモテてたんじゃないかなー(笑)。サークルの優しい先輩って感じで。

とかなんとか話しては、煙草休憩で外に出るんだけど、なんだよ名古屋、どこもかしこも路上喫煙禁止で、多すぎだろう。京都駅でさえちょっと離れたらもうOKだぞ。オーストラリアは商店街の中心付近はダメってところも増えたけど、概ねOK。特に人が全然いなかったらOK的雰囲気。名古屋は、長野と並んで、かつて下らない校則が多いというので日本のワーストだったんだけど、過剰規制すんな。

日本は大体そうだけど、結果無価値(実害あるかないか)ではなく行為無価値(礼儀作法のように実害ではなく立居振舞)でクソなんだけど、法の専門家として言わせてもらえば、つか専門家だからこそいうべき義務があると思うが、法律や規制が多いことは、その社会の恥だよ。偏差値高い学校のほうが校則ゆるゆる自由なのと同じく、自分らの仲間を信じてるか信じてないかであり、信じてないほうが規制が強くなる。また、実害を見極められず、行為そのもので律するのは、実害を見つめるメンタルの弱さ、精神の脆弱性と怠惰の証拠であり、ゆえに社会としては恥辱であると。アメリカのLRAの原則とか学校で教えろ(Less Restriciteve Alternatives=より制限的ではない他の手段があればそれにすべし)。あるいは故事でいえば「角を矯めて牛を殺す」。必要のない規制をすることは、必要がある規制をしないことよりも、時として有害であり、その害悪ははるかに巨大である。なぜなら一回的な実害に比べて、社会全体の活力を恒常的に殺すから。一匹のゴキブリを殺すために家中に青酸ガスをまいて、中にいる人を皆殺しにするようなもん。

それはともかく、タバコ吸いに出ていって、FUCK!とか言いながら帰ってくるのだが、外は気持ちのいい梅雨の晴れ間。帰ってくると雰囲気はいいんだけど、穴ぐら感が。もう外出ようよってことで、テレビ塔の下の公園に移動。

あ、付記するに、確かに成田さんが書いてたように、ここのアップルパイは絶品でした。

二宮さんが、お子さんをお母さん(おばあちゃん)に預けるのに成功し、やってこられて、皆と合流し、ビアガーデンらしきところのテーブルにそれぞれ着席。1時間くらい喋ったんだけど、おもしろかったね。喋りに夢中になってるし、誰も注文取りに来ないから、ずっとそのまま。結局時間が来て、辞去、になるんだけど、十数人が何も頼まず居座って、何も払わず、そのまま出ていくという。

冗談でも言ったけど、こういう風景があると、「傍若無人な中国人観光客が」みたいな見られ方をするんだろうなー。実は日本人でしたという。

河岸変えての公園では、ナオコさんとじっくりお話。ヒロコさんの紹介の一人で、この人も怪獣(笑)、物静かな淑女って感じで、メイドにかしづかれている奥様的な。人はみかけによらんもんだ。歳も近いし、長野にひとりで移住し、あれこれと。それまで、生活保護の自立支援とかやってたから、ある意味、成功パターンよりも失敗パターンを見すぎている部分もあり、何をするにも怖くなってしまうという。それはそうだろう。だから段階追ってやっていくのがいいよとか、そのあたりのお話を。彼女はそのあたりの左脳的な部分がテーマだったんだけど、でも、どのあたりがどう怪獣なのか、知りたいです。また話しましょう。

最後に成田さん(あとの人はすでに書いたか、あとに書く)、オーストラリアに来たときから知ってるけど、どんどん柔らかくなって、体験談の紹介文にも書いたけど、結婚も出産もしないうちにお母さんになってしまった的な、慈母的なオーラになって。あとで写真をみた吉田さん(時期的に同期で、よく相談に乗ってたらしい)が、「ナリナリ(彼だけはそう呼ぶ)変わったねー!」ってびっくりしてたもん。それがまた、NZワーホリを経て、山暮らしを経て、どんどん優しい感じになって。カウンセラーとかやればいいのに。一緒に話するだけで、もう癒やされると思うぞ。

4時頃終って、やや日の傾きかけた爽やかな梅雨の晴れ間でありました

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