GTEについて
オーストラリアの学生ビザにはGTE英作文を添付することになってます。
Genuine (真正に)Temporary (一時的な)Entrant(入国・滞在)ということで、「学生ビザのかこつけて入国して、あわよくば不法滞在を続けて、不法就労しまくるつもりでは」「ない」ってことを事情説明とともに書けという趣旨です。
いかにもお役人が思いつきそうな下らない制度だと思いますね。だって本当に不法滞在を目的にしてる人が正直にそれを書くわけがないし、ヤバイことを目論んでる人ほど対策はバッチリ完璧にするだろうから、結局悪い人は見逃して、不法滞在なんか夢にも思ってない正直な人が何を聞かれてるのかすらよくわからず、あうあう書いてて落とされるという逆結果になるのと同じ(日本の生活保護の申請なんかもおなじで、いかがしい連中の方が対策はバッチリ、でも本当に困ってる人は細かな役所の規則なんか分からないから、右往左往しているうちに却下、餓死という)。
しかし、ま、下らないけどあるんだから仕方がないです。つまらないところで躓くのはもっとつまらない。
で、ここ数年、GTEについては、けっこう真剣に僕も添削するようにしてます。日本人でもわりと落とされる例が出てきたし、それがどんな理由なのかは全く不明なのだけど(後述)、でも努力できるところは努力しておいた方が良いからです。
添削においては、もうダメ出しに次ぐダメ出しの嵐でやりますけど、まあ、実際にはGTE対策というよりも、この機会に英文をちゃんと書けるようになろうという学習的な意味の方が強いです。
英作文の勉強といっても、純然たる文法や単語の良し悪しよりも、それ以前の問題が多いです。英語が苦手だから、たまたま思いついたり、パクったりした単語や文章を切り貼り的に並べているだけってのがかなりある。いや、添削しててよくわかったけど、ほんと前後の文章のつながりが悪すぎたり、ひどいときは一つの文章の前半と後半でテーマが違ったり、初見で読んだら意味不明。あるいは異様にくどい文章になってたり。これは代名詞を効果的に使えてないとか、長く書くべき事柄と触れるだけで良い単なる背景事情との軽重のメリハリがついてないとか。そのあたりは英文以前に普通の文章力の問題でもあります。
多分、GTEで落とされるとしたら、担当官の「読む気がなくなる」って場合が多いような気もしますね。これ読まされたら「お前は何が言いたいんじゃ」ってムカつくんじゃないかなーって(笑)。ただ、これも指摘してこう直したらいいよというと、やっぱメキメキと良くなりますよね。いい勉強になってると思います。
また内容についても、それっぽい理由を適当に並べておけばいいんだよってことなんだけど、そうかといって、すぐ嘘だと分かるようなことを書いても逆効果でしょう。またありきたり過ぎて「こんなのなんとでも言えるよなー」って思われても良くないでしょう。
パーソナルな思いとニュアンス
そのあたりで説得力をもたせるには、例えば自分だけのオリジナルな体験エピソードなどが効果的だったりもするでしょう。前の会社で英語ができなくてこんな恥をかいてトラウマになっているとか、学生時代に英語が出来る人がいて凄い憧れてたのでそうなりたいとか。別に話を作る必要はなくて、留学したいって気持ちがある以上、誰にもどっかにその原点みたいな体験があると思います。それは事実だし、それを書くことで自然に説得力が増すし、流れもよくなる。
また、GTE=なんで留学するの?という自己の掘り下げになるわけで、それが作文療法というか、カウンセリングみたいになってる部分もあったりします。単なるGTEのレベルを軽く超えてますけど。
過去の添削実例として、言わんとするところを僕が聞いて、こんな感じ?って訳してあげたことがあるので書いておきます。要旨は、「ワーホリを終えるにあたって、もっと英語をやりたいと強く思った」ってことなんだけど、その「思い方」について、その人ならでは感じ方があるわけで、できるだけ真実に近く、できるだけニュアンスに沿った書き方をすると説得力も出てくると思います。
(前略)
However, at the end of Working Holiday, I strongly feel that I haven’t done enough!
しかしながら、ワーホリも終期を迎える頃になって、「まだやりきってない!」って思いが強く出てきました。
Even though my daily life is enjoyable, that depends on big support from Australian people. At one hand I really appreciate people’s goodwill, on the other hand I always feel I am immature, incompetent, like a half-kid. That is even miserable and humiliated feeling.
確かに私の日々の生活はとても楽しいものではあったのですが、それは周囲のオージーの皆さんの大きなサポートあってこそのものです。人々の善意については感謝しきれないほどありがたく思ってますが、しかし他方では、常に自分は未熟で、無能で、半分子供のようなものだと思ってました。それはいっそ惨めで屈辱的な気分でさえありました。
I asked myself, is that all my working holiday? is that all my oversea life? NO, I haven’t done yet. I should accomplish what I wanted to do.
私は自分自身に問いかけました、これが私のワーホリの全てなのか、私の「海外」はこれが全てなのか?と。いや違う、まだやりきってないぞ!自分がやりたかったことは、やっぱりやり遂げないとならないって、そう思いました。
I want to improve English, I want to communicate more deeply, more frankly with local people, I strongly feel that I can do that! One day I can show my respect and appreciation in appropriate manner. This is why I want to learn English more seriously.
もっと英語がうまくなりたいです。そして、周りにいるローカルの人々と、もっと深く、もっとフランクにつきあいたいです。そしてこれも強く思うのですが、私だってやれば出来るのではないか?と。そして、いつの日にか皆に対する尊敬と感謝の気持ちを、もっときちんと言えるようになりたい。だからもっと真剣に英語をやりたいって、そう思ったんです。
(後略)
まあ、いい加減に僕がさらさらと一気書きしたものですから、そんなに出来は良くないけど、それでも肉声が伝わってくるような感じがしませんか?通り一遍の紋切り文章よりも、迫ってくるものがあると思います。GTEに限らず、文章というのはリアルな自分をぶつけるような感じで書くといいものができる。だから「対策」とかいうちゃらいレベルにしちゃわないで、この機会に梯子を登るようにあがっていけばいいと思います。
あとは言い方とか造語とかですね。
I mush finish my half-cooked adventure, that is once in the lifetime.
人生に一度だけの「冒険」が、まだ「生煮え」のままなんで、これを完成させてしまいたいんだ
英語というのは慣れてくると、日本語よりもそのものズバリの表現ができるので重宝しますよ。
接続と論理
他の例をあげます
This GTE will state the reason why I want to continue studying it and how it is worth for my future and I also will explain that this is a genuinely temporary staying in Australia.
これが原文なんだけど、これはダメっす。二番目のandの接続がおかしいから。
論理関係でいえば、このGTEで、なぜ継続して勉強したいのか(A)、それがいかに将来の自分の目的にとって価値があるかを述べ(B)、そして、そのことが真正に暫定的なものであることの説明(C)にもなるでしょうとなる。
この場合、AとB=Cという関係になる。AとBを説明することは、C(真正)の説明にもなりうるということです。ところが、このように全部and で結んでしまうと、論理関係としては、A+B+Cの単純並列になる。CとABは明らかに論理関係が違うので、ABを述べたところで一旦文章を切ってしまうか、あるいは単純にandでは繋げない方がいい。
一旦切るとしたら、例えばこんな感じ。
This GTE statement will tell you how I have learned in the first year, what my my future plan is and how I am trying to achieve my goal. I believe those explanation will prove my stay is genuine temporarily.
このあたりの文章作成には、僕はうるさいですよ。司法試験の論文式とその後の実務で散々鍛えられたし、僕らの頃の試験だったら、このandひとつで不合格確定でしょう。「わかってない」「わかってることを表現できない」だけで十分に不合格理由になるんで。仕事でもなんでも同じでしょ、そこは。
以下、これも自分で書いたメールのコピペですけど、
文章の接続関係に気をつけてください。ライテイングにおいて大事なのは、論理と接続関係なのでね。
最初は、and ばっかで並列的につないでしまうのだけど、もっとバリエーション豊かに。
日本語で言えばダメな論文の典型があって、それは「そして~しました」「そして~しました」で「そして」ばっかでつなぐやつです。
「そして」でつなぐ代わりに、「他方」「一方」「この点については」「なお」「にもかかわらず」「総じていえば」「要するに」「換言すれば」「したがって」「事の道理にしたがえば」などなど無数のボキャブラリがあります。究極的には、接続詞なんかいっこも使わずに、内容の論理の自然な流れだけですっと一気に読ませるのがベストと言われているくらいです(まあ無理だけど)。
英語でも同じで、andではなく、ここではon the other hand だろう?って場合もあるだろうし、while っていい方もあるよね、古くて固いけどWhilstもあるしね。Now I want to point out from completely different aspect (ここで全く異なる観点からみた物事を指摘するならば)とかね。
さらに The opposite of Spectrum なんていい方もあります。スペクトラムというのは色の分布で赤からはじまって~で終わるみたいなもので、そこから転じて物事の状況を順次並べていって、一番極端な例から、その反対の極にある事例のことをいいます。たとえば、富裕層ではこんなことで困ってる、こういうことを考えている、それが日本の実情だと説明したうえで、「超富裕層について述べてきたのだが、さてここで、社会における対極ともいえる(スペクトラムの日本の極貧層の状況に目を転じてみよう」とか。
こういうのは沢山英文を読んで、つかえそうなのをパクっておくといいです。てか、それ以外に手はないですし。
英作文用の参考書として、Academic Writingというのがあります。スキャンしてあるので、表紙と、サンプルの頁をつけておきますね。
この画像は「需要が増大すると価格が上昇する」という因果関係を述べるだけでも、こーんなにいろんな言い方があるんだということを示すもので、表現の引き出しを広げることができますよ、ってサンプルです。
こうやってバラエティ豊かな表現を心がけることで、ともすれば一本調子で退屈になりがちな英文が読んでてわかりやすい、面白い、一気に読めるってものになります。仕事レベルとかになってくると、このレベルまで求められるので。
←なお、手持ちのもの(断捨離のときにスキャンしたもの)は1992年版なので、今はかなり変わってるかもです。多分コレじゃないかなとおもうのだけど。
もっともこの本だけが凄いんじゃなくて、一般に英語のライティング本というのはこんな感じだよという紹介までに。
–とかなんとかやっております。
エージェントの業務でそこまでやるのか?って思われるかもしれないけど、それを言うならシェア探しなんかもっと外れてるし。第一、僕自身エージェントだと思ってないし、そんな社会的・ビジネス的なありように自己規定される気はないし。必要なものは必要なんですよ。だからやるだけです。
ビザをめぐる事情と「運」
日本人でも結構学生ビザで落とされているという噂
噂ではなく実例としてあがってきてます。
学生ビザの更新が今度で6回目とかになると「ええ加減にせえ」と言われてしまうというのは昔からありました。でも一回目の学生ビザでも落とされるというのはここ数年の話です。
ただし、その理由はよくわかりません。かーなり「運」ではないかと睨んでいます。
背景事情
第一にバックグラウンドとして、学生ビザ数の急激な膨張、ビザにまつわるいかがわしいビジネスの蔓延があります、カタチだけの学校、カタチだけの雇用者なんかをでっちあげて、それを使って証明文書などを発行させてビザをとりましょうという詐欺的な行為です。例えば、Widespread fraud in Australia’s work and student visa programs, claims investigation というのは、2016年段階のSBS(日本のNHK第二みたいな)での報道ですが、労働ビザをスポンサーしてやるから(従業員に対して)金を出せとか要求するとか、もうほとんど蛇頭みたいな世界です。なかには移民局の職員すら巻き込んでの醜聞もあります。
学生ビザ自体の膨張は、例えば How foreign students game Australia’s immigration systemという記事で紹介されてますが, 面倒だろうからキャプった画像を貼っておきますが、下に2つのグラフがあります。最初のぐわーっと右肩上がりなのは、大学などを卒業した後にもらえる卒業生ビザ(Graduate Visa)の発行数で、2015年あたりからガンガン伸びている。
次の棒グラフは、ブリッジングビザの国籍別ですが、2017と2018年の1年だけでもこんなに伸びている。もうインドと中国が圧倒的で、日本など影も形もありません。
(ただし、このグラフで僕が注目するのは、Not Specified(不明)がやたら増えてる点です。それぞれの国も増えているんだけど、ここが一番爆発的に増えている。なぜ?統計のとり方が変わった?それともそれまで十把一絡げに扱われていたもっと後発の国々が急速に伸びているってことかもしれません。
とにかく海外からの学生の数がやたら増えて、それが色々と問題をおこしているとか2018年の頃にメディアで言われていたので、それが背景要因になって移民局もピリピリしてるという。
半分はひっくり返されている移民局の決定
第二に、移民局の判断がアホであるというか、担当官の質がまちまちであるという点。優秀な人もいるんだけど、ダメダメな人もいる。いい加減な指示ばっかする人もいる。だからいい加減な判断でビザ却下されてしまうケースもあるだろうということです。どこかの移民弁護士(コロンビアだったかな)、配偶者ビザ却下に対する異議申立裁判では、移民局の勝率5割以下、つまり(裁判沙汰にまでなった)却下判断の半分は間違いだったとことで、その精度の怪しさがうかがわれます。でも、こんなのは「運」です。
この5割云々が都市伝説ではない証拠として、(過去にも書いたが)出典をあげます。The Australian visa system: Time for change?という他国のビザエージェントの寄稿記事ですが、このなかに、「Administrative Review (Appeal)Tribunal」(ビザ決定に不服があるものが異議申立をした場合に審査する機関)の統計によると、” between 1 July 2016 and 31 May 2017”において、全体数でいえば移民局の決定の38%は上級審査委員会でひっくり返されているし,配偶者ビザにいたっては54%の決定がひっくり返されている。
「これは極めてゆゆしき数字だ」と書いてあるけど(These statistics are disturbing.)いや、ほんとに。学生ビザについての数値は出てないんだけど、学生ビザに限ってやたら精度が上昇するってことはないだろうから、似たり寄ったりじゃないかと。
ちなみに異議申立てをできるのは、オーストラリア国内のビザ申請だけで、オーストラリア国外から申請した人は異議申立権すらないです。これも問題だけどね。
なお、上記の紹介記事のなかにもビザアピール(異議申立)について触れてますが、17年に年間2.4万件くらいだった申立件数が、1年で4.3万件と75%も増えている、学生ビザに至っては1年足らずで95%も増えている。どうなるかというと、審査機関の機能不全で、学生ビザ不服審査の平均日数が428日だとか、最終的に数年かかるとか。
だから留学生はけしからんということをいう議員や経済学者もいるんだけど、学生で儲けているのは他ならぬオーストラリアだし、ビザアピールの数がどうのという以前に、移民局自体がもっとしっかり判断しろよって視点もあるでしょう。
時期による事情
第三に、時期による違いがあります。例えば、2019年5月に連邦総選挙が行われましたけど、多分に政権交代が予想されていました。こちらでは政権交代になると役所の上層部は一新されますし、また政策もガラリと変わることがある。だから行政(移民局)も様子待ちで仕事の手を休めることもあるでしょう。あるいは、配偶者ビザの改正があるので、昨今駆け込み乗車的に申請が大量にあると思われる所、そちらに手をとられているのではないか。あるいは、年度末(6月末)に近いので、予算消化で無駄遣いするみたいに、年度末に無理やり数を合わせるとか未済率を減らすとか、かなり仕事が荒くなって、やっつけ仕事みたいになることもあるでしょう。
事実、2019年の4-5月あたりは、僕が知る限り、あっという間に学生ビザが取れています。なかには申請後2分で下りたというケースもあるし、他も翌日には取れてました。2分ってことは、これはもう絶対GTEなんか読んでないですよね。翌日なんて場合でも、真面目に読んでるとは思い難いんですよ。ねえ、あんなに真剣に添削して書いたのに、失礼しちゃうわよねー。
それともあれ、イケイケの時期(もう何でもいいから通しちゃえ的な時期)にあたると楽だけど、とにかく却下して「厳正に審査してますよ」的なポーズ、つまり「やってる感」を国民やメディアに示したいときは、意味なく厳しくなるし、イケニエのように犠牲になって却下される人もある(かも)。
やってる感
この「やってる感」は日本でも顕著すぎるくらい顕著な傾向ですが、世界の先進国でも共通して流行ってる気がしますね。要するにこれといった対応ができないし、本気でしようと思ったら現在の社会をかなり壊さないといけない、でもそれをやる勇気もない。だからやってるように見えるんだけど、実際には何も動かないような感じ?永住権関係のビザの改正がたくさんあるんだけど、あんまり真面目に書こうという気にならないのは、やってる感をだしたいからやってるだけってのが透けて見えるんですよ。例えば永住権の総数を年間19万から16万に減らすとかいって、凄い改革のように見えるけど、実は現行の19万時代から実際には16万くらいしか出てないから(理由はさまざま、審査に時間がかかるとか、審査能力の限界とか)、正味のところでは変わらない。
結局、「運」だけど、それがなにか?
以上、見てきたように、ビザに関しては、「こうすれば大丈夫」という法則性はありません。そこはもう、諦めろ、です。
これはもう「どういうときに上司の機嫌が良いか?」問題と同じで、法則性があるんだか無いだかよう分からんし、自分らには預かり知らない遠い事情(上司が出掛けに奥さんと喧嘩したからムシャクシャしてるとか)による場合も多い。結局の所よくわからない。
だから「運」だと。
でも、考えてみれば世の中そんなことばっかりだし、別に今更嘆くことでもないでしょう。
対策としては、ベストを尽くすしかないです。GTEでも読んでくれないかもしれないし(ありがち)、読んでくれてもアホアホな判断をされるかもしれないし。でもそこで虚しくなってたらダメで、GTEもやり方次第で確実に自分をUPさせるいい機会でもありますから、そこはもう抜け目なく利用したほうがいいと思います。「実力」というのは、運と違って、裏切らないですからね。
それに、移民局もいい加減ではあるのですが、話に聞くほかの国のように「賄賂を贈らないと却下される」というほどヒドイわけでもないです(ある意味、そのあたりは日本よりもクリーンです)。大まかにいえば、適法に動いているわけで、「運が良くないとダメ」ではないです。ただ「まれに運が悪いときもある」程度です。
これも相談で言うんですけど、万が一ダメだった場合というのは、考えるだけで恐いんだけど、そこは怖がってる場合ではない。
視野を広げるいいチャンスでもあるし、戦略を練り直すいい機会でもある。じゃあNZに行こうかとかさ、じゃあ日本で手に職をつけてみようかとか、そのあたりを調べるとか。
一般に選択肢を広げる努力は常にやるべきなんだけど、中々そこまで出来ない。うまくいってるときは必要性も感じないしね。だから「もしダメだったら」不安があるときは、それをやる絶好の機会でもあります。僕も永住権申請をしている間(7ヶ月くらい待たされた)、もしダメだったらで、そのときはコスタリカに行こうとか考えてたもんね。結局コスタリカは無駄になったけど、でもそういう発想が得られたのはその後にも役に立ってますよ。
PS:写真は本文となんの関係もないけど、なんかないと淋しいから。朝のCoogee Beach