さて、このように乱気流のような学生ビザの状況において、ふつーの日本人である僕らはどういう対応をなすべきか、を考えます。
「非正規」な我々
考えるといっても、APLaCの読者の多くは、勉強が最終目的というよりは、海外で生活・就職・永住したいということが最終目的な、いわゆる「非正規」な人が多いと思います。
大学進学の次元で、日本の大学にいくくらいなら海外の大学にいってみたいとか、日本の大学を経た後にもっと専門的に極めたい、そのためにはこの国のこの教授に師事したいとか具体的な目標がある人は、対応も何もこれまで通り普通にやればいいと思います。日本人は昔から不法滞在率が非常に低く、安全パイだと思われているし、実際そうです。
また、こちらの大学のそれなりの所に行こうと思ったら、年間学費が300-500万、アンダーグラジュエイト(普通の大学)3年間で1000-1500万円くらいかかります。ポストグラジュエイト(大学院)でも似たようなものだけど期間はコースによって様々。いずれにせよ、1000万単位のビジネスですので、ビザ申請料16万円など、相対的には大した問題ではないでしょう。
オーストラリアの大学にそこまで金払う価値はあるのか?といえば、そこは個々人の価値観ですけど、いずれにせよ対応とか対策とかあんまり深いこと考えないで(大学のビザのランク付けくらいかな)、堂々と王道をいけばいいと思います。
問題は、30歳過ぎて、ワーホリも無理になって、でも日本で煮詰まって(その形態はさまざま、就職はしてるけど全然展望がないとか、なんかイヤとか)、打開策として、そうだ海外だ!とか、あるいは自分の人生そのものよりも、人生環境としての日本(の未来)に懸念を感じて、海外という選択肢を増やしておこうとか、そこはいろいろなんだろうけど、そういう場合です。
学費を出してくれるスポンサー(親)もおらんし、いても頼りたくはないし、だから金銭的にはシビアにならざるを得ません。1600ドルのビザ代金だけでも厳しいです。
そういう人はどう考えて、どう対処すればいいか。
以下、この場合を集中的に語ります。歴代このパターンが多かったし、僕自身、30年以上前に、弁護士やめて34歳で学生ビザで半年渡豪したのが始まりです。だから気持はよく分かる。
不確定要素
以前の王道は、とりあえず観光ビザでやってきて、語学学校で長く通って(料金の安い夜間部も混ぜて)、徐々に専門学校などのビザを取って次の展開を狙うという感じでありました。
だけど、今は、観光ビザで入っても現地で学生ビザの申請はできなくなってしまってます。だから日本で学校を決めてビザ申請をしないといけない。そして申請しても、今度はどれだけ待たされるかわからないし、審査してもらっても却下を食らう可能性もあります。
つまり、不確定要素が増えているのに、早く(日本出国前に)決めなきゃいけないということで、ここがツライところです。
不確定要素というのは、
(1) 審査期間の不確定
ビザ申請後、審査待ち~発給までどのくらいかかるのかというがあります。
(2)成否の不確定
またビザが無事に発給されるのか却下されるのか分からないという問題
だけどそれだけじゃないです。
(3)学校選択の不確定
学校選びの段階で、学校を見学することもなく、話だけ聴いて日本で選ばなければならないという問題
(4)国選択レベルでの不確定
そもそも「オーストラリアって自分に合ってるの?」という、現地の雰囲気を知らずに決めるという問題
不確定要素があるなら、確認しつつ進めればよく、だから最初観光ビザで来て、シェア探しなどで現地の人たちと交わって、現地を知る。学校を見て決めて、それでも気になるなら観光ビザ(3ヶ月)の間お試しで通って、OKとなれば学生ビザを申請するということで、段階的に解消できました。
また、審査期間の不確実性は、ビザが降りるまではブリッジングビザが出るので、それまで滞在できるし、学校にも通い続けられるからロスが少ない。
こういう手法で不確定性を消していけたのですが、観光ビザから学生ビザへの切り替えができなくなったことから、「わからないのに決めねばならない」という点でバクチ度が高くなりますし、ビザが降りるまで日本で待っていないといけないという点でもやりにくくなります。
つくづく馬鹿な改正をしたものだと思います。と言ってもはるか昔は(僕の頃)、国内から学生ビザの申請はできなかったのですね。僕も半年以上前に申請をしました。当時はオンラインも何もなかったので、駐日オーストラリア領事館にパスポート現物を同封して郵送して、、という超面倒くさいことやってました。それがリスクの少ない国(日本など)に限って国内申請ができることになり、さらにそれが広がって、、となってきて長年定着してきたものです。
嘆いても仕方ないので、この限られた条件で、どうすれば最適解になるのかを考えてみましょう。
不確定性パズル
不確定要素との戦いになるので、これはもう一種のパズルのようなものです。
こういう場合、まず確定的に言えるのはなにか?ということで、外堀を埋めていくのが常道でしょう。
ワーホリビザの優位性
もしあなたが30歳まで(31歳の誕生日の前日まで)で、多少なりともオーストラリア(or海外生活)に関心があるなら、とりあえずワーホリビザを申請しておくといいです。ビザの交付を受けても、行かねばならない義理はないですし、交付を受けてから1年以内に入国すればいいです。申請後に考えたり準備したりする時間はあります。バカバカしいのは考えているうちに31歳になってしまって、パーになることです。
WHビザは、今は申請料650ドルで、それだけ見てたらクソ高いのですけど、31歳以降になったら1600ドルの学生ビザしかないわけですから、遥かにマシです。またワーホリ終了後に現地で学生ビザに切り替えることは、現時点では禁止されてはいません。
なお、海外をたくさん見たい人は、オーストラリアのWHの申請と同時に、他の国のワーホリも視野にいれておくといいです。現在日本がワーホリ条約を締結している国は、去年(2024)ルクセンブルグが加わって30カ国もあります。過去ポーランドワーホリをやった方が、オンラインサロンでそのときの思い出を書いてくれてますが、オーストラリアワーホリからみたら異世界のような感じで面白いです。NZやらカナダやらのWHはオーストラリアのセットものみたいなもので、複数行く人も珍しくないです。
また、年齢切迫の方は、オーストラリアWH申請と同時にNZワーホリなども申請しておき権利確保だけしておくのも手です。入国期限は交付から1年、滞在期限は入国日から1年ですから、先にA国でWHをやりつつ、B国の入国期限の切れないうちにAからBに入国にすれば権利確保できます。国によって条件が異なるので、そこは調べないとダメですけど、いくらでもバリエーションがあるはずです。
前はワーホリも学生ビザも似たりよったり(学ビザの方が制約が強いけど、今ほどではない)だったのですが、学ビザへの規制が厳しくなったことで、相対的にワーホリビザの優位性、有用性が顕著になったと言えます。
お試し観光ビザ作戦
(4)国選択レベルの不確定=どんな国なのかわからない、生活してて楽しいのかどうかわからないのであれば、先に観光ビザで滞在し、雰囲気を知るという手があります。
(3)学校選択の問題も、観光ビザで滞在中に見学することもできますし、3ヶ月までなら通えますから、実際に通ってみるのも手です。見ただけはわからんというのもありますし。
あるいは後でも述べる最終目標はなにか?に関わってきますが、閉塞した感覚をブレイクスルー(叩き壊して新しい未来につなげる)したいというのなら、短期の観光ビザ体験でも十分とも言えます。一括パックで一週間シェア探しやるだけで、随分世界観は変わるでしょう。だからそれだけで目的達成、とも言えますよ。
ただ、観光ビザでも本当に観光だけしてたら意味ないですよ。現地でのリアルな生活感がわからなかったら視察の意味がないですもん。
ただし、このお試し観光ビザ戦略にも難点が多々あります。
ひとつは視察の限界で、観光ビザだと働けない点です。その昔はジャパレス給料が異様に安く、それだけにキャッシュジョブで違法に働くことも結構あったらしいのですけど、今は厳しくなって、ジャパレスの給料も世間並みになっている反面、そういうことはしにくくなった。だから働けないと思ったほうがいい。働けないと生活実感がイマイチわからんというのもありますし、また軍資金の関係でいえば、3ヶ月なら3ヶ月分の生活費を最初から用意しておかねばなりません。結局高くつく、ということです。かといって超短期にしてシェアもせず、普通にホテル住まいだったら費用もかさむし、生活実感もわかない。
また視察が完了して、よしGO!となっても、一旦日本に帰ってからの学生ビザ申請になります。いずれにせよ1600ドルの申請費用はかかるし、期間と成否が読めないことに変わりはないです。となると、往復の航空券代が余計にかかるだけだという話になります。今、JALやANAなど直行便だと往復でビザ代と似たような額になるでしょう。
なので、観光ビザ戦略は、それがハマる場合がかなり限定されていると思うべきでしょう。往復の航空券代と貴重な時間(後日のあらゆる年齢制限に不利になる)を費やして尚も黒字になるような場合にやるべきです。
すでにワーホリその他でオーストラリアを知っているなら視察する必要もないでしょう。これはいまだかつてオーストラリア、あるいは海外の「か」の字も知らないような人がやるには得られるものが大きいので良いのですけど、そうでないなら「兵力の逐次投入」の愚策につながるリスクもあります。
兵力の逐次投入というのは、負けそうな戦線があっても、兵力をケチって千人しか送らず、でも足りないからまた負けそうになってまた千人送って、それでもダメだからまた、、とやって合計5千人送って結局負けるというアホな事態をいいます。最初の時点で3千人送って一気に勝ちきるべきなのです。でも人間心理の弱さでなかなかそれが出来ない。
単純に算盤勘定でいえば、そうだなー、4-8週くらいですかね?4週だけでもシェアは探せます。現に先週きた人は探せてます。働けないマイナスですけど、仮に働けたとしても初日から働けるわけではないです。仕事探しだけでどうかしたら4週くらいいっちゃいますしね。滞在(稼働)期間が短いとそれだけで不利です(最低でも3ヶ月は働いてほしいとか)。まあ不利とはいいつつ不可能ではない。出国期限が6日後に迫ってる状況でも仕事をゲットした人はいますからね(ちょうど埋め合わせが欲しかった店に出会った)。でもその人はラウンド後で鍛えられまくってますから、来たばっかの人には難しいかな。てか、それが出来るくらいならそもそも来る必要もないというか(笑)。
ジャパレスで時給25ドルで週20時間で500ドル、4週で2000ドルですけど、これは最高にうまくいった(いきなり働ける)場合で、実際には千ドルぼちぼちくらいかもです。ビザ1600ドルの埋め合わせにはならない。だったら、4-8週程度だったら働けなくてもそんなに大差ないわって話にもなります。
あとですね、渡豪目的に英語修行が大きいなら、3ヶ月の観光ビザでオーストラリアの英語学校行って、そのあとNZで学生ビザをとって1年まるまる英語学校にいくという手もあります。NZの学生ビザ料金はまだ安い(750NDで、豪ドル0.9で1NDだから10%引きくらいか、いずれにせよ半額以下)。ただしNZ学生ビザにはオートはまた違った条件がありますので、そこは精査しないといけない。
あとNZの場合、聴いた話レベルですけど、オーストラリアの大都市よりも仕事も生活も選択肢が少なく、だからこそNZ人が出稼ぎその他でオーストラリアに来てるくらいなので、ビザ代どころではないという点はあります。だからプラスアルファでNZが好きって部分はいるかな。
それとちょこちょこ出たり入ったり戦略ですけど、日本の留守中はどうする?という問題はあります。僕のときも、なによりも大変だったのは仕事を辞めることで、継続案件が数十件あるので新規を断り、継続を終わらせ、あるいは他人に任せるとかいう「政治的」な作業で1年以上かかりました。そして家の引き払いです。単に引っ越しする以上にカラにするのはしんどいです。なので、実家暮らしでそんなに変わらないとか、家に誰かいて留守を任せておけるとかいうならいいけど、今現在一人暮らしだったら、出たり入ったりはしんどいです。渡豪中、現在の賃貸家屋を維持するなら、その空家賃(プラス光熱費と税金など)だけで相当な支出でしょ?
そして1-2ヶ月して戻ってからまたゼロから買い直すとお金がいくらあっても足りない。
なので総合的に考えたほうがいいです。なまじビザ代が高いのでそちらに目を奪われますけど、それ以上に費用がかさむものはたくさんあります。
ちなみに僕が30年前にきたときは、半年の学生ビザでした。ワーホリは年限切れてたし(当時25歳制限)、そもそもそんな制度知らなかった。シェアという制度もしらなかったから、普通の賃貸。また働いてもいません。当時のオーストラリアの給与水準だったら日本の半額以下なのでやる気にならん。それでも海外童貞(3日間の香港旅行はあったが)の僕としては、ガツーンとした衝撃で、こんな面白い世界がこの世にあったのか?と感動しました。視察も何も、到着して3日もしたらもう日本に帰る気なくなったもんね。
でもそのときも1ヶ月だけの視察というのは全然考えなかったですね。思いつかなかった。あとの最終目的にもかかわってきますけど、当時の僕の目的は「現状打破」「暴挙をやる」ことだったので、1ヶ月くらいだったら中途半端で、妙に現状が維持されちゃって、ドカーン!と爆発できないから意味なかったんですよね。
それと現状打破のブレイクスルー効果ですけど、なんか「有効期間」みたいなものがある感じがしますね。ワーホリ2年、ラウンドもやりまくって、自由で無敵で全能感あふれる感じになっても、日本に戻ってオーストラリア時代の感覚がどれだけ維持できるか、です。戻った後の身の振り方や個性もあるんでしょうけど、有効期間は2-3年くらいじゃないかなー。またぞろ日本の現状に悪慣れして、閉塞して、「あれはなんだったのか」という。だとしたら4週でドカーンという体験を経ても、もどって2-3ヶ月もしたら元の木阿弥という可能性もあります。
つまりオーストラリアや海外でなにをするにせよ、日本の生活との連関、帰国後の展開は考えるべきだと思います。これは後で述べます。
英語学校とビジネス学校
その他の不確定要素、これが本体である今回の学生ビザ規制ですが、審査期間が読めないこと、またそもそも交付されるかどうかわからないことです。
一般論でいえば、レベル1の大学の大学院にいけば審査も短いし、合格率も高いでしょう。その代わり、費用がべらぼうにかかります。シドニー大学なんか年間500万円くらいしますもんね。もうビザ代がどうのというレベルではないです。変な話ですけど、不確定性を減らしたいなら、金で買えって感じです。これもまあ道理といえば道理で、オーストラリアとしてはお金をたくさん落としていってくれる人を歓迎してて、学生ビザにかこつけて現地で働きたい人を排除したいわけですよ(でも完全に排除してしまったら困るのはオーストラリアなので、言ってるだけで徹底はしないけど)。
ある程度リーズナブルに済ませたかったら、リスクは負え、です。
で、そのリスクですけど、一般に英語学校よりもビジネス系の専門学校のほうがリスクは高いです。これはもう昔からそうで、英語学校のほうが一般には学費が高いので、ビザ取りには利用しにくいからです。これはその1で示したグラフからも窺われると思います。
読み直すが面倒だろうから、もう一度掲げておくと、Vocational(職業系)がダントツで成功率が低い(グラフ茶色)。次に低いのが濃赤の英語学校(Independent English language College Sector)
まあ、英語系は目の敵にされているインド系が少ないこともありますが、年齢もいってて本国である程度やってた人が「将来には必要だからオーストラリアで英語を学ぶ」というのはまだ理屈として通ります。だけど、実社会で何年も働いていた人が今更ビジネス系をやるといっても、なんか嘘くさいんですよね。事実嘘なんだし(笑)。だからやるならどこでも潰しがききそうなITとか(それで現地就職は厳しいと思うが)、オーストラリアでも人手不足なAged Careなどかな。あるいは学校の数は少ないけどメカニックや大工系とか。職探しや永住につながりやすいし、つながりやすいエリア(人手不足エリア)でないとビザを出さない傾向もあるし。ただし、有用そうなエリアほど授業料は高いです。その昔調理師系のコースをとれば永住権がとれた時代は、調理師系コースは他に比べて倍以上しました。皆さんよく知ってるから値づけも正確。
逆に一方1年でわずか◯ドルで学生ビザという売り方をしてるところ、それを扱ってるエージェントは、当局に目をつけられる可能性もあります。お金とリスクが比例していて、よく出来ているっちゃよく出来ているんです。
英語学校の場合、夜間部がわりと安い。学校にもよるけど、昼間の正規の授業料の半額近くになったりもします。長期を狙うならそちらの方がいいかと。夕方から始まるから昼間にローカル(現地のオーストラリア人のやってる)の仕事もできます。ただし、英語が全然な人は事実上ジャパレスしかなく、そうなるとディナータイムの方がいいです。昼間に働くといっても、11時-2時のランチタイムくらいしかないので収入が少ない。なのでローカルを狙えるレベルになってから夜間という手かな。まあ、ケースバイケースですけど。
現地バイトは僕もいろいろやったんだけど、ジャパレス以外のエリアは日本人はほんとに少ないし、やった人が少なすぎて、そもそも情報がいってないんじゃなかろか?深夜にパン工場を回って、夜明けまでにカフェに届けるバイトをしたこともあったけど、深夜のパン工場は世界中の留学生さんが頑張ってて面白かったです。多分、インド系ならインド系、フィリピン系とかネットワークがあって仕事を融通してるっぽい感じもします。でもオージーやヨーロピアン系も普通にいたから、探し方一つだと思います。
ある程度長期で考えているなら最初は英語学校でビザ取って、次にビジネス学校という順番にした方が理由は通りやすいです。なにはなくともまず英語というのは分かる話ですし、先々のことを考えたら、この時期に英語力を蓄えてIELTS6以上、できれば7か8は取っておきたいからです。あとで勉強するといってもしんどいです(その頃は仕事も決まって疲労困憊してるし)。英語からビジネス学校は順番として納得させやすいけど、ビジネスからビジネスへ、さらに延長となるに連れ、だんだんしんどくなります。これはもう30年前からそうで、あとになるほどに成功率が下がる。「いい加減にしろ=No further Stay(これで最後、次はないよ)」とか書かれたりもします。
結局「運」と腹を括る
過去において、日本人で学生ビザ、それも語学学校レベルの学生ビザで却下を食らうことは中々ないのだけど絶無ではないです。実際あったし。
でも何が悪かったのかといえば、「運」が悪かったとしか言えないです。
ここで◯歳以上だからダメだったとか、◯◯学校だったからダメだったとか、後付けでいろいろ理屈はつけられると思いますけど、でも、そんな具合に妙に後付の理論化しないほうがいいと思います。間違えますから。
それにですね、移民局のビザ審査って、真面目にやってる人もいれば、いい加減な人もいるし、審査官の当たりハズレという、どうしようもない要素=「運」が大きい。
かつて、永住権までの道筋は今よりは楽だったのですけど、その代わり、どんだけ審査がかかるのか分からなかったのです。「3年待つのはは普通」と言われている時期も長くあったし、「催促すると落ちる」という嫌なジンクスまであって、みんなじっと我慢していた。結婚永住でも、係官によって言うことが全然違う。指示通りやったら、なんでこんな書類持ってきたんだと怒られて、「お前がやれと言ったんだろうが」とカウンターで喧嘩になってたり。
昔からそういう実情を知ってる身でいえば、そんな精密に学生ビザの審査をするとは期待できない。それに役所の通弊として、上の意向がとにかく「通すな」「減らせ」だったら、なんだかんだ理由があってもなくても、でっち上げてでも落とすし、上がとにかく通せといったらフリーパスにすると思います。
学生ビザのかつてのGTEも、必死に英作文して提出したら、申請後5分でビザが出たというケースもあり、「絶対読んでないだろ」というのが丸わかりだという。必要書類といって書かせておきながら、読みもせずにパスってなによ、ふざけんなってことですけど、まあ通してくれるのだから誰も文句は言わない。要するにそんな感じです。
だから結局、運なんですよね。その運が、直近数年よりも多少厳しくなったかな、という感じです。どんだけ時間がかかるか、それで受かるか落ちるか、ある程度の予測や覚悟はできたにしても、現実的にはほとんど運だと思います。
運だとすなら、この問題はこれ以上考えても仕方ないです。
運に左右されるのは、別にこれに限ったことではないし、生まれてから今まで、そして死ぬまで、運の要素には翻弄されます。学校時代にどんな担任教師に当たるか、就職先でどんな上司や同僚にあたるか、全部運です。それでやってきたし、これからもやっていきますし、誰もがそうだし。
ここを割り切れるかどうかが一つの関門になると思います。
考えてなんとかなることだったら死ぬほど考えるべきだけど、考えても仕方がない事柄はもう考えない、そこをスパッと割り切れるかどうかです。まあ、割り切れないから悩んでいるんだろうけど。
日本のプランBと大局的思考
観光ビザ短期で済ませる、あるいは運と腹を括る場合、大事なのは「その後」です。
数ヶ月で終わるなら、数カ月後にはまた日本での生活が始まります。運の場合は、運が悪かった場合は日本に戻ることになる。てか、そもそもビザが出ないから、日本を出国することすらないです。
中途半端の宙ぶらりんで延々待たされて、その挙げ句、出国すら出来ないというのも切ない話ですけど、考えようによってはその方がマシとも言えます。
いいですか?もし観光ビザで入ってきて、学生ビザに切り替えるのが今も出来るとします。学生ビザの成否が決まるまではブリッジングビザで滞在できます。だけど、ブリッジングビザは前ビザの条件に拘束され、前ビザが観光ビザなら、ずっと働けないままなのですよ。もしビザが降りるまで9ヶ月かかったとしたら、その9ヶ月間働けないから、生活費を貯金から崩していかないといけない。これは予算的にキツイですよ。それで破綻して日本に帰る人もいるでしょう(ブリッジングBビザに変えるとか)。でも往復の航空券は損だよね。
だったら、とりあえず学ビザ申請を日本で出しておいて、結果が出るまで、片方で整理しつつも、片方で日本拠点でその後の展開を考えるという方がトータルでは良いとも言えますよ。いずれ日本であれこれやるにせよ、フットワーク軽く移動出来たほうがいいから、断捨離をして、身軽にしておいて損はないでしょう。
ということは、日本での今後の身の振り方を真剣に考え、実行直前まで高めておくといいと思います。「帰ってきたら/もしダメだったら」、◯◯をしようと。そういった選択肢をどれだけ思いつけるか、どれだけ真面目に調べているか、どれだけ実行しているか。プランBをどれだけ育てるか、です。
これまでと変わらず、閉塞感漂う会社で上司同僚の目を気にして森の小動物のように生きているのが嫌なら変えるしかない。ではどう変える?自分を変える?小動物がイヤなら大動物になればいいわけで、豪傑くんになればいいなら、どうやって自分を変える?あるいは自分は変わらないとしたら環境を変えるわけで、どう変えたらいいかです。案外、会社を変えただけでガラッと雰囲気は変わるかもだし、嫌な上司がいなくなっただけでも変わるかもしれない(多分そう)。それか、もう業種も職種も変える、あるいは方向性をがらっと変えて、田舎でハード&のんびり暮らすとか(のんびりやるためには、途方もない努力が必要なので)。わりと英語が得意なら、本気でメシが食えるレベルの英語力はどのくらいか真剣に調べて、どのくらい職があって、どのくらい稼げるかを調べるとか。
これは本当にアイディア・マン適性で、他人が聴いたらひっくり返って爆笑するくらいの荒唐無稽なプランまでどれだけ思いつけるかです。僕のときも、エッセイなどに何度か書きましたけど、生まれ変わって異世界にぶっ飛んだくらいの変化がないとやる意味ないと思ってたから、オーストラリアという選択肢以外にも、「カリブの海賊になる」「スイスの山奥のチーズ職人に弟子入する」とか冗談半分、これから小説や映画を創作するくらいの気分であれこれ考えてました。その方が楽しいのよね。オーストラリアの永住権申請がもし却下されたら、次はコスタリカとか言ってました。今度はスペイン語かあ、とか。
別に海賊になれとは言いませんが、そのくらいのスパンで想像力の翼を広げないと、状況を劇的に変えるプランBなどそうそう思いつかないとも思う。この際大事なのは、漫画や音楽など創作活動をしてる人ならわかると思うけど、あまり他人のことを考えないことです。みんなはどうしてるの?とか調べすぎると、引っ張られて、発想の枠が狭まるし、自発的に考える能力が低下する。思考停止のコピーキャットになる。なので、実現可能かどうかは別として、「あんなこといいな、できたらいいな」とドラえもんの新しい小道具をゼロから思いつくくらいの感じがいいです。発想というのは、才能というよりはコツなので、やってれば出来るようになります。
あとは自分の特性を知ることです。僕の場合は、寝たいときに寝れたらサイコーで、あと他人からあれこれ指図されるのがキライなので、いい感じにほったらかしにしてくれたらいいわと、そのくらいです。それが成功=幸福条件で、そんなに高く設定してないです。だからホームレスでも別にいいわってのもあります。ハードル設定が最初から低いのですよね。で、どうせやるならコスパのいいのがいいよねで、高校のときは司法試験や法曹を考えたわけですけど、また高校の続きをやっていて、今もやっているという。自分なんかそう大した人間じゃないんだから、あれがほしいとか、これじゃなきゃダメとか贅沢言える身分じゃないだろ、これだけは絶対死守という一つか2つでいいと。
話を戻すと、オーストラリアに行ったからといって、人生が成就したり終わったりするわけじゃないのですよ。「それでも、ああ、人生は続く」というやつで、うんざりするほど長い道が残っているわけです。なので大局的にプランBもCもDも、とにかくヒマさえあったら、「これもいいよね」とか思いつくことです。そうすれば、ビザが仮にダメだったとしても、「あっそ」で済みますからね。
ということで、運の要素や不確定性に対抗するなら、こちらも不確定性を強化すること、どういう状況になっても何なりとやっていく力を強化することだと思います。逆説的にいえば、日本人の海外体験って、究極的にはこの力の強化に尽きると思います。海外という異世界でひとりぼっちで生き抜いてきたというのは大きな自信になりますし、その自信があればこの先やっていけますもん。
それに海外の環境を考えたら、日本の客観的状況というのは天国みたいなものです。外国にいって世界の誰もが苦労するのが、1にビザ、2に言語、3にお金だといいますが、本国の良さはビザと語学が要らないことです。もうこれだけで天国です。オーストラリアで、特権階級のオーストラリア人になれて、英語でも特権階級のネイティブになれるんですからね。オーストラリアでこれがゲットできたら(ネィティブは絶対無理だが)、あとはもう無敵だと思えるでしょうに。
だから客観的には日本は良いのですよ。とてもそうは思えないにせよ、これで定期的にビザ更新をしないと日本から追い出されるとか、皆が喋ってる言葉が全然わからんとかになるのに比べればずっとマシでしょ。だから客観はOKであり、問題は主観なのだと思う。
ちなみに「客観が充足すると主観が苦しくなる法則」があるような気がしますね。客観充足=ハイステイタスで高収入になったらいいかといえば、それを維持するのが大変で、それだけで疲弊しますし、自由度も格段に落ちます。好例が皇室に生まれることで、そりゃこれ以上のハイステイタスはないけど、自由はないですよ。毎日毎日報道されないけど、どっかの国から誰か来て、晩餐会に出て、なんか喋るのですよ。体調悪くてもニコニコやらなきゃいけない。激務ですよ。そこまでいかなくても、ある程度地位が上がると、僕ら庶民がやっても話題にならないことでも(浮気をしたとか)、大スキャンダルになります。小学生の頃から塾通いで、延々勉強して、青春も犠牲にして、エリートになったらなったで、仕事では先輩上司に煮え湯を飲まされ続け、必死に何十年も積み上げてきたものが一瞬に崩壊するのですよね。だったら最初から勉強してない人の方が良いですよ。失うものもないから自由だもんね。
まあまだ20-30代ではわからんかもしれないけど、50歳越えてくるとなんとなくわかると思います。てかある程度成功して、なりたい自分になったけど、あんまり楽しくないのを発見したらわかると思う。「なるほどねえ」と。うまいこと出来てるもんだねと。科学の公式のように、幸福の一定量なんか常に同じなんじゃないかな。それに気付くか、気づかないかだけで。気づいたらハッピーで、気づかなかったら地獄だという。
ここから先は個人のメンタルの問題
「日本で煮詰まってる」と、軽く鬱になってるわけで、その症状は、思考力、決断力、行動力が落ちることです。決断・実行がガンガン出来る人は割り切りも早いです。「(ダメだったら)そのときはそのときだ」「でもやらなかったら100%ゼロだろ?だったら1%でもやった方がいいじゃん」って普通に思える。シャキシャキ歯切れが良いのです。
でも決断実行が弱ってるとそうは思えず、あれこれ考えすぎているうちに、考えるべき部分と考えてはいけない部分がわからなくなるのですよね。
最近思うのですけど、これはもうZOOMなどの個人相談を増やしたらいいのかなーと。ちょっとした鬱のカウンセリングみたいなものですけど、別にそんな専門知識はないけど、ただ客観的に、ここは考えるべき、こういう選択肢もあるよとか、そこはもう考えても意味ないよということは、言ってあげられるので、思考の補助にはなるかな、と。
それで僕が儲かるかというと、まあ、儲からないでしょうね。「オーストラリアのどの学校にするか」という相談ではなく、学校にいかない、そもそもオーストラリアにしない(他の国する)、海外ではなく日本での展開など、僕が儲からない選択肢をたくさん考えてしまうからです。エージェント・ビジネスして考えれば「もっと真面目にやれ」って話かもしれないけど、APLaCのもともとの原点(Association for Pluralistic Life and Culture=多様な生活文化を楽しむ互助会=この世界(地球)という遊び場を使ってどうやって遊べるかの研究会)ですからね。
それに商売上でいえば、オーストラリアのビザがどうかとかいう以前に、日本の貧困化の方が激しいので商売にならないですよ。それはかなり前から見えていたので、もはやこれは趣味でやって(純粋にやってて楽しいとか、友達作りとかオフ参加要員を増やすとか)、生活ゼニカネはバイトでいいやって。
余談ですが、日本の貧困でいえば、今に始まった話ではなく、大体常に貧乏だよね。有名な山上憶良の「貧窮問答歌」ってありますけど、万葉の頃の日本最古のブルースですよ。「氷雨の夜には寒さにふるえながらも,ひげをなでながら自分ほどえらい人間はないと自慢をしている。だが,そのまわりでは女房・子どもがひもじさに泣いている」とかね(参照)。1500年前の作品とは思えないくらいのリアルさで。まあ、あんま変わってないのよね。
思うに、行き詰まってるなら、行き詰まらなくなればいいんでしょ?
そのためには、思考・発想・行動を変えていくしかない。そのための渡豪なんだけど、思考発想行動を変えないと渡豪できないという絶対ジレンマがある。逆に言えば渡豪決断が出来て実行できた時点で、問題はかなり解決してるような気もしますね。そのための留学というか、そうなるための演習問題というか、作業療法として留学なりビザがあるような感じもします。
思考行動の弱さの別に現れとしては、やたら保証を求めたがる点。「こうすれば大丈夫」という安全安心の鉄板ルートを求めすぎる。不確定性に耐えきれない心の弱さがあるので、それを求める。およそ鉄板なんてこの世に無いですし、それを「ある」とか言ってるものがあったら詐欺っぽいです。だからよく詐欺にひっかかるんだけど。
ともあれ「あーなって、こーなって、ゴール!」みたいなかっちりしたルートを考えすぎないことです。そういうルートが鉄板で整備されてないと、最初の一歩が踏み出せないという時点ですでに問題であり、ビザ制度がどうであれ、この種の物事に向いてないです。そういう道筋は一応あるけど、それはサッカーの試合での得点パターンのようなもので、まずAがボールをゲットして、Bにパスして、それを逆サイに振ってCが受けて、走りこんできたDがゴール!みたいな、「こうなったらいいな」的なものでしかないです。そうなる場合もあるけど、そうならない場合が方が多い。でもそれでいい。決めてかかって硬直的になるくらいなら、臨機応変に動いたほうがいい。チャンスであるなら、いきなりAがロングシュートを決めてもいい。
また、本質的な解決ではないモラトリアム小康状態を求めたがる点があります。仮にうまくいって長期の学生ビザや卒業生ビザがとれても、それがどうした?です。「ここ当分心配事がなくなる」というだけの話で抜本的解決にはなっていない。卒業生ビザの間で永住権につながるスポンサーにまで漕ぎ着けられる例は少ないですし、それが出来る人は留学前の職業キャリアと実力がある人です。夏休みの終わりが8/31から9/30に延長されるとうれしいけど、終わるときの切なさは同じですし、その分年齢がいってるだけにあとが大変です。ウサギと亀でウサギが昼寝してる時間が長くなるだけのことなら、解決になってないし、むしろ有害でもある。
先程のサッカーの事例でも、ゴールを決めるとか試合に勝つといかいうのも、小さな直近目標でしかなく、本当の目的は「サッカーを楽しむこと」でしょう?ビザや永住権だって同じことで、目先の目標でしかないです。それが取れても人生が楽しくなかったらなんの意味もないし、逆に、そのために必死になってる段階で充実感なり実感を得られたら、別に最後までやらなくても、それで良いことになる。
だから、究極的には、何しに来るの?どうなりたいの?といういつもの話です。
永住権と日本
さて、話が抽象になったので、一気にソリッドな話に戻すと、もし完全ガチに永住権狙いであるなら、ビザがどうとかいう以前に、こちらで永住権が取りやすい職業スキルと職業キャリアを身につけることです。具体的にいえば、現場系、手に職系の仕事は永住権は取りやすいです。車の整備士であれ、建築現場関係であれ、ガスの配管であれ、寿司職人であれ。この種の現場スキルにおいては日本の水準は世界でも高いですから、普通にやってたらこちらの就職にはそう困らないはずです。むしろ最後の申請時に英語レベルで苦労するのが通例。
逆に一般のサラリーマン、ホワイトカラーの場合はきついです。はっきり言ってほとんど無理じゃないかと思われます。皆無というわけではないのですけど、まずこちらで職を得るのが非常に難しい。仮に1000万以上払って、大学院いって、卒業生ビザをゲットしたところで、肝心のこちらでの就職とスポンサードの部分でコケる可能性は高いです。Over Qualificationといって、なまじ学歴が凄すぎてしまうと、それに釣り合った高難度の仕事しか対象にならないから逆に成功領域が狭まるという。これも結局は実力で、直接面識はないけど、チリの女性ですごくデキる人がいて、こちらの大学院時代にバンバン論文書いて世界的に評価されていて、卒業前に世界中の機関からスカウトがやってきてたという人がいました。このくらい突出して優秀だったら話は楽なんですけどね。
あなたが今30歳過ぎたくらいで、永住権を真剣に狙っているなら、いきなりオーストラリアに来ないで、日本で3-4年地道に手に職系の仕事をやった方がいいですよね。急がば回れです。永住権というのは、こちらで仕事を得て、気に入られてしまえば、案外取れてしまうものですけど、問題はそこ(就職と気に入られる)までどうやってたどり着くか、です。
だけどそこまでして、なぜ永住権なのか?という問はあります。
永住権って、死ぬまで滞在できる権利ですけど、僕自身死ぬまでとか言われてもわからないですよ。そんなの死んでみないとわからない。二重国籍が許されるなら市民権(国籍)まで取りますけど、国籍を取ったからといってここで死ぬとは限らんです。いよいよとなったら、懐かしい日本の山河風景が恋しくなるかもしれんし、ある程度住んだら日本に帰る永住者もたくさんいますからね。
大体、オーストラリアで永住権とったとしても、別にお金もらえるわけではなく、働かないとダメなことに変わりはない。永住権を取った人は皆いいますが、「え、これだけ?」と拍子抜けするという。何を期待したわけでもないけど、あまりにも日常が変わらない。僕も最初永住ビザを取った時、当時はパスポートにシールを貼ってくれるんだけど、見た目その前にとった学生ビザと全く同じなんですよね。ただビザの種類の番号が違うだけで、何かを得たという気持ちには全くなれない。合格発表会場で胴上げしてもらえるわけでもないしね(笑)。
いきなり日本から永住権を取った場合(現地での就労経験もない)、最初の就職では死ぬほど苦労するといいます。何度も書いたけど、3000連敗した人もいると。その代わり現地で一回でも就職してるとあとは楽です。初物は誰も食べたがらない。しかし、3000はともかく、職探しは日本以上に大変ですよ。それに賃金格差もすごいし、税金も高い。「キャリアアップ」という意味がよくわかりますけど、それも頭打ちの昨今。大体、オーストラリア人もメンタルに苦しんでいるし、自殺率も結構高いのですよ。「メンタルヘルス」なんて英語から入ってきてることからもわかるでしょうに。西洋社会の方が本場とすら言える。
だから永住権の実利は「ビザに煩わされずにこの時空間に居ることが出来る」だけです。他にも税率が安くなるとか、健康保険が使えるとか、年金がもらえるとか付帯特典はありますけど、本質はビザ更新でビビらなくてよくなる点です。
でもってそれで十分です。存在環境、人生環境としていえば、風光自然、人情気風、システムその他で文句は多々あっても、まあかなり良いです。とくにのんびり暮らすには向いている。ガチに張り切って承認欲求とかいうなら、あんまり向いてないですけど。だからのんびりマイペースでできたら、別にここじゃなくても良いですし、日本でもやり方次第でしょう。
これも「客観条件が満たされない方が主観的には楽の法則」で、永住権とっても最底辺の外国人労働者であることに変わりはないけど、でも外国人だからこその自由はあるのですよ。気楽なもんですよ。
以上長々書いたのですが(まだまだ書き足りない)、話が人生哲学的になってしまうのですよね。
だって、学生ビザの難易度、というか不確定性が増えた分、それに対処しようと思ったら、より巨視的に、大局的に考えないといけないし、なんのために来るの?という核心部分、そしてその後どうするの?というパースペクティブ(見通し)を真剣に考えないといけないからです。
しかし、翻って考えるに、これは学生ビザがフリーパスで通ったとしても、同じことなんですよ。学生ビザがとれたからといって、それだけの話で、渡豪目的の核心やその後の展開を考えないといけないことは変わりがない。ただ簡単に取れると、しばしの間モラトリアム(一時的に棚上げにできること)が得られるから心理的に楽だというだけのことでしょう。でもモラトリアムは麻薬のようなものだから、本当は無いほうが良いのです。
まあ、そんな風に考えられないからこそ、あれこれ煮詰まって留学を考えるのだろうし、考えられるのならばそもそも留学したいとも思わないのではないか。
でもね、何を求めるかによりますが、留学とか日本での再就職とかにしても、他にももっとやり方や選択肢はあるんじゃないの?という気はします。いくらでもあるだろうと。参考までのそのあたりも書いてみたいなと思ってます。