初動で必要なことはやった感じなので、あとは近場に声をかけてみました。進行状況を見ながらって感じだったので、事前に大々的にオフを呼びかけるのも無理だったしね。
トップバッターは廣瀬くんで、先日の長田くんのところのオフでお友達を連れてきてくれたばかり(しかし上越には行けず)。
出先の仕事を終えて、在宅勤務に戻る途中、ランチをどこかで食べるからその際にってことで。ちょうど僕も例によって山科にタバコを買いに行く予定だったので、それとジョイントしましょーということで、山科駅待ち合わせ。
山科なんかほとんど行ったことなかったんだけど、手巻きタバコ買いに行くようになって今年で3年目。しかも後で述べるように今年は2回行ったので、だんだん馴染みになってきました。
京都駅の次の駅でわずか数分なんだけど、のんびりした光景が広がる。
まあ、京都なんか基本田舎なので、ちょっと行ったらすぐのんびりするのですよね。上賀茂神社の北をさらに車にちょっと走ればもうド田舎、いっそ秘境といいたくなるような風景になります。センターラインすらひけず、車の離合がヤバいくらいの。
今回は時間がないので日本の地方の風情を味わえないなーとか思ってたけど、よく考えたら別にココでいいじゃんって。
ホームの端のこういう風景が好きです。オーストラリアは山がないので、ボコッと近場に盛り上がっている山、それも里山とすら呼べないくらいの小さな山でも視界に見えると興奮しますね。シドニーにもブルーマウンテンがあるけど、100キロくらい離れているし、そもそもあれは山というよりも高原だし、地層が古いからいたるところで崩落して断崖絶壁になってるだけで、ぼこっと隆起しているわけではない。
そういえば、高校までずっと東京圏内でこれがまた山がなく、たまに高尾山とか登って喜んでる程度でした。だから大学から京都にきて、しかも左大文字山の麓に住むようになったときは興奮しましたねー。やったぜって感じ。
だけど、このホームの写真を見ると、ちょっと落ち込みますね。
本来ならここに広告板がかかっている筈でしょう?全然出稿がないんだ。
東京近辺いったときも車内の吊り広告が激減してるのがショックだったけど、経済やばいのね。でも、少子高齢化でマックスにやばくなるのは今から20年後(団塊ジュニアが後期高齢者になる頃)なのよねー。
それはさておき廣瀬くんと無事に合流。
最初に写真撮ったけど、ごめんなぜかピントがボケてて没にします。
二人でトコトコとすでに覚えた山科の道を進みました。旅は道連れで誰か一緒におると歩いてても楽しいよね。
ちなみに彼を待つ間に、山科駅エリアのランチ場所を物色してて、いつも通る再開発後の大通りではなく1本か2本中にはいった筋がメッカらしいことを発見。これがあとで効いてきます。
とことこ歩いて近江屋さんの近くまで。このあたりでちょっと街の雰囲気変わるのですよね。新興住宅地っぽくなる。前はバブルの頃の建物かなと思ったけど、今回みるとバブル期ではないなー、もっと古いかなー。バブル期は金はあったから良い建物が多かったのは確かで、こんな高層階でぎゅっと詰め込んだような建物ではない気がする。てか、こういう建物も珍しいかも。シドニーのRedfern裏手の公的建物みたいな。
それはそうと、すでに紅葉が始まってるぽくて、ちょっと興奮しました。これも後で書きます。
いよいよ見えてきたぞー
行ってみたら、これ。臨時休業の無慈悲な知らせが。
もーね、不合格発表というか、死刑宣告というか、いったい俺が何をしたというのだー!と。今年はこういうの多いな。休業でも前回ふじさんといったレストランも休みだったし(これはこれでまたリベンジする予定)。
しかし、まあ高齢化の昨今、あっちゃこっちゃで葬式とかあるから、多分それかな?だったらしゃーないな。結果論的にはそうだったようです。
何しに来たんじゃ?の世界だけど、しかし、廣瀬くんと会えてランチ食えたら、別にそれはそれでいいですからね。
すぐ気を取り直して、メシいこ、メシ。
行きしなに来た道とは違ったコースで来たので、ご飯系に出会えず。
そこで直前泥縄で見てたランチ候補のうち、ちょい高いけどスペイン料理の店があり、そこにしますかと。
パエリアが食べたいね、シェアすればいいかと思ったら、昼はランチのみ。
でも、暑いしサングリアが飲みたい!と思ってたところ、サングリアはOKということで、そこにしました。
なんて店だったかな。Sobremesaって名前の店でした。
来た、サングリア。なんか一旦思いつくと、それが無性に飲みたくなってて。美味しかったですよ。てか、サングリアなんかワインのコークハイ(+フルーツ入り)なんだからはずしようもないのだけど。
廣瀬くんのほがらかな笑顔と。
彼のところも来月には奥さんが出産予定で、すでにかなり育っているようで、大変とのこと。でも、子煩悩になりそうなのが今から見えてて微笑ましいです。今は太秦だけど、子どものことを考えるとちょっと広い家に移りたいかなとか、車は必須になるかなとか。物入りで大変だけど、同じお金を使うなら一番楽しい使い方ですよね。一番楽しくない使い方は多分税金でもっていかれることかな。
このサラダが美味しかったです。日本でサラダが美味しいのは珍しいんだけど、ここのは良い野菜を選んでる感じ。なにこれ?白い苦瓜(ゴーヤ)?と思ってあとで調べたら、白ゴーヤだった。オーストラリアでもそんなに売ってないけど。
バゲットにオニオン(のジャム)。パリパリしてて美味しかった。
メインの豚肉のグリル。柔らかく丁寧に作っている感じ。付け合せの茄子も美味しい。
これのどこがスペイン料理なのかよくわからないのですが、これは僕の方に責任があって、パエリアとサングリアとタコスくらいしかスペイン料理をよく知らないからです。スキヤキとスシロールしか日本料理をしらないオージーみたいなもんで。
でも、まあ、ゆっくり喋れてよかったです。
駅前でお別れ。彼は京阪で帰って、自宅でまた仕事の続き。頑張って~。
ほっつき歩いて、空振りして、ランチ食べただけですが、なかなか楽しかったです。
で、その翌日(てか今日だが)にはリターンマッチ。
事前に電話をしたら、やっぱりお葬式が入ってどうしてもってことだったらしいです。
飽きるから毎回微妙に違ったルートで行くのだが、地元の小学校らしき建物がありました。あとで調べたら中学校だったけど。
なんかこういう「学校然」とした建物を見ると、懐かしいですねー。別に学校にそれほど麗しい思い出が満載されているわけでないのだが(勉強ヤダとか嫌な記憶もたくさん)、時間がたつとそれも漂白されて、わー、懐かしいなーという、ただそれだけな。
近くにこういう超ローカルな横丁アーケイド。暗い奥の方に店が並んでいるのだが、なんかいいよね。Xなどに、こういう日本ローカルの「渋い」ところを愛する人々が写真をあげてくれているんだけど、面白いです。
というかさ、ネーミングがいいよね、「今屋敷21番街」。いいじゃん、バンドの名前に使えそうだな。これはなんですかね、この土地の地主さんが頑張っちゃってるのですかねー。でもええわ。
お店では無事にタバコを買えました。
二度足踏ませてすみませんねえと言っていただいて、でも葬式ならしょうがないですよ。「お電話いただいたみたいで、でも6から始まるからよくわからなくて」「あ、それ僕です、海外ローミングでかけたので(オーストラリアの国番号61が最初に出てくる)」。
で、先程の紅葉です。一部ではあるけど、色づいてきてますよね。
いやあ、まさか紅葉が見れるとは思わなんだ。
まだ一部でしかないので近くで撮ってもそんなにわからない。
でも足元をみると落葉が。
帰りの駅前にも。
その昔の歌で、「小さい秋見つけた」っていうのがあるけど、今回初めて意味がわかった気がします。秋に大きいも小さいもないだろうとかぼけっと思ってたけど、「ああ、こういうことか」と。
さて、昨日に続いて、今回もランチを食べました。
場所を探してて、「千成餅食堂」というのが目に留まって、おお!と。これは僕らの時代に京都で学生やってないとわからんかもしれん(地元人なら知ってるだろうけど)、京都って、やたら「~餅食堂」という名前の店が多い。安くてボリュームがあって、貧乏学生にはコスパ抜群で愛好されてました。なんたら餅で、力餅食堂とか。千成餅もそのひとつで、僕が行ってた店でも二軒あった。
その当時は「使える店」というユーティリティだけでしたけど、今回調べてみたら、「京都や関西圏では明治、大正時代を経て脈々と続いてきた、饅頭や餅、うどんそば、丼物一式を提供する庶民派食堂があり(中略)こういった店名に『餅』が付くお店を通称“餅系食堂”と呼び(出典)となってました。
それが山科にもあるのを発見。さらにみると、このあたり駅前再開発エリアからギリ離れているので昔ながらの町並みが残ってるそうです。
このへんが再開発区域なんだろう。その左隣に、、
山科京極という地味な看板があり、この通りにレストランが多い。
これが店構えで、
お赤飯とかお餅とか売ってる。
中に入ると、個人客、それもおばちゃん系が多く、だいたいうどん食べてる人が多い。また店内ショーウインドウには追加の一品物が並んでて、勝手に自分で取ってくる。全員相席という感じで、写真とれなかったけど。
とりあえず千成定食で。しかし、いいね、この障子の汚れ具合が。あ、それと、ここさりげに内税方式で、1050円と書いてあったらお会計でも1050円。あとで10%上乗せがない。しかもそれを誇らしげに書いてもない。いいね、庶民派食堂のこの感覚。
いいよね、この風景。日本に帰ってきた感。
「ご飯は普通でいいですか」と二回くらい聞かれたけど、普通でいいですと。しかし、普通とかいいながら、すごい量あったぞ。なんか病院食みたいでゴージャス感に欠ける気もしたが、一品づつ美味しい。エビフライもきれいにカラリと揚げてあって、尻尾までパリパリと自然に食べられた。ポテサラ懐かしい。でも里芋の煮っころがしと、京都らしい焼き豆腐の薄味の煮付けが良かったです。美味しい。大々的に「おばんざい」とは言ってないけど、これがほんとのおばんざいでしょ。
子供の頃、父方の祖父の家が京都で1-2度お邪魔したことが、ほんのり記憶にあります。庭に池があって鯉が泳いでいるすげえ豪邸で。そこでほんまもんの京都地元料理を食べさせてもらって(京都料理を出している意識は向こうにはない、普通の家の料理でしかないのだけど、本物ってそういうことでしょ)、そこで子ども心にも美味しいと思った。ソースやケチャップではない美味しさを知った気がする。野菜の煮付けが、固い筈のゴボウがさくっと噛み切れるくらい丁寧に柔らかく煮込んで(”炊いて”と方言ではいうが)、今思ったけど、なるほど子どもの頃に本物を食わせておくと一生物の財産になるのね。
そいえば、その昔、ラウンドから帰ってきたWHさんに(誰だっけな)、たまたま作ってた冷凍里芋の煮っころがしを出して、「こういうの懐かしいでしょ?」と言ったら、「ああ!」と感極まった感じで合掌してましたね。こういうモノの存在自体忘れてましたって。そういうもんだよねえ。
ということで空振り二度足タバコでしたが、結構楽しかったです。