ここんとこ厄続きです。わずか一ヶ月の間に、けっこうきつい足の捻挫をしてしまい、それが癒えていく軌道に乗ったかと思ったら、今度は青天の霹靂のように「不幸の手紙」が来て、なんと裁判の被告になって100万円以上請求されてしまいました。もう、「なんでじゃあ?」と叫びたくなるような。
捻挫の話
まず捻挫ですが、左足首を挫きました。ウチの事務所のあるところは玄関がオートロックになっていて、鍵を持ってでないとロックアウトされてしまう。これまでも何度もあったし、またシェアハウスのように複数人居住者がいるので、誰かがロックアウトされてボケーっと誰かが出入りするまで待っているという風景も珍しくない。
1ブロックくらい歩いてクルリと回り込むと裏庭の玄関があり、そこから入れます。それで事なきを得る場合も多いのだが、運が悪いとその扉もロックされていて、塀を乗り越えて入るしかない。
今回は運が悪いパターンで、乗り越えることになったのだが、いつもある踏み台になりそうなゴミ箱の位置の関係で、空いていた隣家の裏庭から乗り越えることに。登ってわかったんだけど隣家との仕切りは20センチくらい高く、いつもよりも高いのだけど、まあいいだろで飛び降りたら、グキッと。
最初は骨折したかと思ったくらいだけど、幸いそうではなかった。ここで骨折したら来月の日本帰省もパーになりそうで、それは不幸中の幸い。
以後、リカバリーの日々。最初の2日は笑っちゃうくらいダメダメで、トイレ行くのにも「決死隊プロジェクト」みたいになってたのだけど、このへんはギックリ腰で慣れてます。てか、ギックリ腰の方がもっと辛いですよね、片方の足首だけだったら、まだ対処のしようもありますが、腰という体幹部分だと、迂闊に身じろぎしただけで、白熱スパーク!のような激痛が走るので、もう大変。
結局2日くらい養生して、3日目くらいから跛行しながらも再稼働開始。3日目になると内出血がだんだん鮮やかにでてきて、なぜか痛くもない足裏にバーっとでてきました。なんか喧嘩でボコボコにされるとこんな感じになるんかなって思うけど、ここまでひどい内出血は過去にも経験ないです。柔道部のときもなかったなー。多少グロいので申し訳ないのだけど、写真も貼っておきます。
でも、内出血はあんまり気にしない。だってこの場合の内出血って、大掃除をしたあとのゴミ出しみたいなものでしょう?大量の細胞が死んで老廃物として排出されていく過程で、ゴミが出てるだけ。むしろゴミ出しまで作業が進んでいることを喜ぶべき。
さして痛くもない足裏に何故たまるの?と思ったけど、物の道理(重力の法則)からいっても、最低部に集積するのは当たり前かとも思ったし、ああ、だから足裏マッサージ(リフレクソロジー)なのねとも思った。なるほどここ(足裏)が体全体の循環のジャンクションになるわけね、と。
この内出血は3日目くらいが一番すごくて、写真もそのときのものです。でも、この写真の日にはもう稼働してます。働かないと日干しになっちゃうもんねー。気を付けてヘロヘロ歩けば歩けないことはないくらいまで戻ってたし。
そして、面白いもんで、その3日後くらいには、清掃車が何度もきてゴミを片付けてくれて、きれいになったもんです。ちょっと感動するくらい。たった3日でこんなにきれいになるのね、と。これも写真に枚目に貼っておきます。
ただきれいになったところで、本回復には遠い。丁度台風で家屋が破壊されて再築するようなもので、破壊された残骸をとりまとめて除去し、家の前に積み上げて、業者さんにひきとってもらうのが内出血だとしたら、家屋本体の再築は別の話だからです。
ここからは遅々たる歩みで、2週間くらいで痛いながらもだいぶまともに歩けるようなった。ただ再生されている筋肉の量が少ないので、100メートルも歩くと、すぐ疲れて痛くなる。大量に社員が辞めていった職場みたいなもので、あとに残された社員が頑張ってやるとしても限界があるということでしょう。
でも気分はそう悪いものではない。なぜって、毎日着々と良くなっている、昨日よりも今日は強くなっているという右肩上がりの高度経済成長みたいな状況って、60歳過ぎた年齢的にも、あるいは日本全体の集合記憶的にも、近年マレに見る愉快なことだからです。いいよね、成長ってなもんです。少しづつ筋肉が再生補強され、昨日痛かった動きが、今日は痛くない、というのは嬉しいもんです。
ただ筋肉は時間がかかるので、ある程度復調するには一ヶ月くらいかかろうし、本気で完全を目指すなら半年くらいかかるかなーという感じ。帰国しても、去年の松山みたいに、夜明け前に着いて、3-4時間延々時間つぶしで街をほっつき歩くといかいうのは無理かもしれない。まあ、なりゆきに注目です。てか治るにつれ、だんだん怪我問題そのものが意識から消えていって、本回復完了!となったときには、また次のトラブルで「それどころではない」ってなってたりするのでしょう。
しかし、2メートルちょいの塀から飛び降りて捻挫というのも、忍者の国の一員としては情けない。しばらくすれば痛くなくなるだろうが、その後も強化訓練をしなきゃねーと思う次第。
事故と保険と訴訟の話
捻挫をしてからちょうど2週間目に裁判の書類が郵送されてきました。ここからはまた別の話。
ことは交通事故で、ショッピングセンターの屋上駐車場でパーキング最中に「こっつんこ」程度の事故です。感じとしては、あちゃーくらいで、大したことではない。まさかこんなに時間と金がかかろうとは。
任意保険(コンプリヘンシブという総合なんでも保険)に入ってるから、保険で処理すれば足りるのですが、これが大変。保険会社によりけりなんかもしれないけど、その時点で僕の入ってた保険(QBE)があんま仕事しないぽい。
僕の車は左の後ろバンパーが交換かなーというくらいで、まあ3000ドルくらいで、1-2週間もあれば直るだろうと思ってたら(修理日までの2週間そのまま乗ってたくらいだし)、結局まるまる1ヶ月以上かかりました。前のBingleって保険会社は短期間に済んだし、直した車を家まで届けてくれたのに、今回は車を自分で持っていって、まず査定をし、次に2週間後に修理のためにもっていき、その修理が2週間かかるというのだけど、2週間修理やってる風でもない。
結局1ヶ月くらい空転したので、その間、暇だから「シドニー雑記帳第二集」を編集して出版したもんです。第一集は3ヶ月の免停時代に出したもので、要はなんかあってヒマになったらやるという。
さて、時間がかかったのは査定の段階で、修理コストが車の時価を超えるので修理しないで時価賠償になるのだけどどうする?という話。
いやー、最近はとにかく修理費が高い。高くなってる。実費で3000ドルくらいかしらねーとか思ってたら、その4倍の1.2万ドルという見積もり。マジかよ?という。でもって、じゃあ時価賠償だったらいくらになるの?と聞いたけど返事なし。何度もカスタマーサポートに電話したけど返答なし。どうもアセッサー(査定士)とかいうやつが、社員なんだか契約なんだかわからんけど、面倒くさがってやってない感じ。やっと電話がつながったかと思ったら、早口の英語でまくしたてて、こっちがちょっと返事が遅れると、お前英語できないから通訳付けろとかいって電話を切ろうとするから、ふざんけんじゃねえよとこっちもまくし立てて、時価がいくらか教えるって返事くれねえのはてめえだろうがとか言い合いになって。
ムカつくから、カスタマーサポートに「あの◯◯とかいうアセッサーは仕事しなさ過ぎだから、担当者を替えてくれ」とメールしたら、今度は態度が変わって、見積もりの詳細と時価も教えてくれた。多分フリーランスか契約なんじゃないかな、客からクレームが来て契約切られちゃったら死活問題だろうし。
ただ時価賠償が意外に高くて、それなら手を打つわってことで、修理ではなく時価分のお金を貰うことにしました。これも実際に払ってくるまでチンタラしてて、一週間くらい空転して、ハラハラ、ヤキモキ。お金が入ってきたのを確認して、速攻で次の車を探して、2-3日で新しいの(同車種同カラーだからほとんど同じ)をゲットしました。そろそろ買い替えなので(17万キロ走ってたし)、買い替え用に積み立ててのを一気に使って、前と同じくらい(1.2万ドル)で買いました。
しかし、これ、なんとなく「この国の闇」とまでいったら言い過ぎなんだろうけど、車の板金塗装修理と保険会社の妙な関係に関わってるような気がする。車の修理全般ではなく、通常の定期整備とか不調だから直すというメカニック(整備士)ではなく、事故修理のパネルビーター(板金)やペインター(塗装)の業界です。
というのは昔々(十数年前)、保険に入ってなかったときに、車検が通らないので修理しろということで修理工場を探していたことがあったのですが、これが保険に入ってないとやらないという。十軒近く廻っても全部ダメ。おかしーなー、もっと昔(20数年前)はどこも簡単にやってくれたのになーと。
とにかく保険入ってない車はやってくれない。そして面白いのは、保険会社でも「Ammy(エイミー)だけはダメ」だと、これもどこでも言ってましたね。今はどうかしらんけど、よっぽどAmmyの査定が厳しい(修理工場の要求通りに払わない)のでしょう。
なんかね、保険業界と板金塗装業界とががっぷり融合してる感じで、保険入ってなかったら、軽いものでも直さない感じでした。そのときは、お金持ちのノース近辺を探してたので、これは庶民的な西の方がいいかもで、Fivedockあたりの修理屋が密集してるエリアを虱潰しであたってみつけました。「キャッシュで払ってくれるなら、500ドルでやってやるよ(ノースではやるとしても最低でも3000と言われてたのに)」という。小遣い稼ぎ見え見えの。でも、地獄に仏。
そいえば昔エッセイで書いたけど、タクシーに追突されたときも往生したけど、あれはレバノン系かなんかのタクシーで、民族ごとに安く修理する彼ら専用の工場がある感じだった。通常の保険とおして修理工場でやると、本来の値段の何倍もなるんじゃないか?だったら保険ではなく、自分らで直してしまったほうが安いという自衛手段な感じでしたね。日本人コミュニティでもそういうのやってほしいよね。
しかし、そもそも論でいえば、オーストラリアは車が高すぎ。昔も高かったけど、今はもっと高い。HONDAのJAZZ(日本ではfit)の15年落ちで120万円もするのって日本では考えられないでしょ?もっとも、だからこそ時価賠償でも、17万キロ乗ったボコボコの車に結構な値段(7300くらい)払ってくれたんだけど。1.2万で買って、4年間で10万キロくらい乗って、4年間で12-14万ドルくらいは稼いで(ガス代やメンテ代でかなり食うけど)、で4年後にまた同額の1.2万で走行距離が10万キロ以上少なくなった車(でも年式は1年古くなる)を買ったのなら、差分は4700ドルちょい、4年でそれなら年間あたり1200ドル強程度で済んでますから悪い話ではないと。
さて、以上は自損部分ですが、今回問題になってるのは相手方の車についてです。
これは普通もう考えなくてよくて、事故現場で免許情報を交換して、保険申請(クレーム)のときに伝えれば、あとは保険会社同士がビジネスライクに話をつけることになってます。これまでは全部そうだった。ノータッチで全部済んだ。
それが、その理を破って、突如相手方(個人)から修理費用を支払えという裁判を起こされたという通知。28日以内にレスポンスしろとか。保険会社同士で話がついてる筈なのに、なんで本人同士の訴訟になるの?と非常に摩訶不思議で、これは一体どうしたことか?と。
例によってまた保険会社にメールして、2営業日以内にお返事をとか言うので待ってたけど、案の定なんの返事もない。もうねー、これだから疲れるのだよね。再度督促メールを出しつつ、朝8時開始のカスタマーサポート電話に、一番風呂のように連絡して、話を聞きました。
最初、もしかして保険会社はこの件(相手方車両)について全然認識してなくて、話もなにもしてないで単に拒否ってるだけじゃないの?だから相手方が焦れてきて本訴にしたんじゃないの?だけど、それだったら相手の保険会社が請求してくるだろうし、なんで本人が?しかもメルボルンの弁護士(ソリシター)?
カスタマーサポートで記録を見てもらったところ、確かに話は通ってました。まずはひと安心。
ただ相手方との交渉が難航してて、相手は1.2万くらいいってきて、こちらはその半額以下の返答で暗礁に乗り上げていると。
裁判起こされてるんですけど、ほっとくと欠席裁判で負けちゃうんだけど、応答すべき?ときくと、保険約款であなたの法的責任は全部保険がカバーすることになってるし、何もしなくてもいいです。てか何もするな、と。心配するな。ウチのリティゲーション(litigation)チームがやってるから。
うーん、ほんまかいな?とか思いつつ、まあ安心はしました。でも全然100パーではない。こっちの世界は(最近の日本もだけど)、当たり前の話が当たり前に展開しないという悪夢のような世界なので、完全に安心はできないっすよね。
ここからは推測になるんだけど、なんでこんな個人訴訟を出してきたか?が不思議なのだよね。また法的構成もよくわからん。これが日本でもめるんだったら、双方の本人に弁護士がつきます。保険会社の顧問弁護士がつく。費用も保険会社持ち。で、本人と会って委任状貰って、逐一状況の説明をする。
こちらは全部保険会社任せだから、揉めてもそういう具合にしないぽい。委任状とかどうすんの?と思うけど、保険約款(ポリシー)に総合的に委任条項があるんだろうな(面倒くさいからチェックしてないけど)。
でもこれ、保険会社同士が揉めてる間に本人同士が訴訟して、適当な値段で本人同士が和解したり、判決が降りたらどうするの?今ここでで僕が全額個人的に払ったとしたら、その分は保険会社があとで払ってくれるの?といえば、払ってくれないような気もしますよね?
保険会社としては「相当と認められる損害については」払うというスタンスだろうし、それをはみ出して個人が勝手に払うのは、それは面倒見きれないってことかな。
でもこれほっといたら負けちゃうんですけど。保険会社が訴訟をやってくれているのかな。電話口では確かにリティゲーション(法廷活動)チームって言ってたからやってるような気もするけど、ようわからん。
また、本人同士と保険会社で2局面戦争みたいになったときに、全体の整合性はどうなるの?ここで大昔にやった民訴の「訴訟参加」やら、「既判力の及ぶ範囲」とか、判決の第三者効とか頭をめぐるけど、こんな事例を日本は想定してないしな。
しかし、これなんのために訴訟するの?訴訟といっても、低額交通事故訴訟と書いてあったので、本格的な民事訴訟ではなく、簡易なものっぽい。日本でいえば「支払命令」みたいな感じですかね?ソリシター案件で、弁護士費用も500ドルでやたら安いし。とりあえず債務名義だけ撮っておこうと?でも、保険会社で話してる間に、個人が勝手に動くのはまずいでしょう?それをやる弁護士も、常識がないというか、お行儀悪いわね。まあ、なりたてのペーペーの弁護士の練習用にはいいのかもしれないえけど、なんなんだろ。
もし本気で争うなら、まず過失相殺。駐車場の事故でどっちも動いているんだから100ゼロはないだろ。英語でいうと、コントリビューショナル・ネグリジェンスとかいうらしい。それと損害の査定。ここで保険と修理会社の闇になる。
うーん。もしかして、あまりにも保険会社がお金を出してくれないから、焦れた本人(あるいは修理会社)が独断で動いているとか?よくあるパターンで「知り合いのオジサン」の紹介で、「良い弁護士がいる」とかいって勝手に動いて、話をややこしくするようなパターン?
それか、保険会社同士で話がつかないから、もう裁判で裁判官に決めてもらおうということになり、形だけ本人の名前で原告被告にしてるだけなのか。そんな気がするんだけど、だったら事前にそう説明してくれよって気もするが(裁判所から通知がくるけど、無視してくださいとか)、とにかく何も言ってこないのよね。
そもそも保険会社同士の話において、ここで揉めるというのがようわからんのよね。
いや業界同士だから、損害査定なんかさじ加減ひとつで、高くも安くもできるのは知ってるだろうし、相手は高く言い、こちらは安値で応じるというのはわかるとして、適当なところで妥協するんじゃないの?
大体、それやってる担当者はみなサラリーマンで自分の懐が痛むわけでもない。彼らが気にするのは、あとで本社の査定を受けたときに「適切に処理されている」と評価されるかどうかだけでしょ。逆に言えば、値切れるのに値切らなかったらキャリアにバツがつくのかもしれない。だから頑張るとか?形だけでも法廷での判決にしておけば「やるだけのことはやった」と言えるしね。言い訳やアリバイのための訴訟とか?
しかし、ひるがって大きく考えたら、損も得もないでしょう?保険会社同士で賠償金が飛び交うにしてもですね、一件づつやってるとは思えず、定期的に全部まとめて相殺勘定にするんじゃないの?A事件ではこちらが払い、B時間ではこちらがもらい、1ヶ月でそういうのが300件くらいあったら、収支計算をやって、残数をどちらかが払えば足りる。
そして通算したら、こんなのは確率の問題だから、払う確率と貰う確率がほぼトントンになり、相殺すれば残額は限りなくゼロに近くなるのではないか?だから何を揉めているのか?という気もするのですよ。大体この程度の物損で訴訟になるってことは日本でも珍しい。よほど感情的に揉めてるならともかく。保険会社の経営でいえば、スタッフの人件費が無駄じゃないの?
うーん、もしかしたら、保険業界内部や修理業界とで大きな政治があるのかもしれない。例えばとある保険会社だけ異様にケチで渋ちんだから、お前の言いなりにならないぞということであえて戦うとか。あるいは修理業界との関係を良好にしたいから、できるだけ払うようにしたいけど、そうすると保険会社が損をするので「こんなもんで」という落とし所を探るのだが、そこが揉めているとか。
そういえば修理業界も大変よねー。今回車を持っていって待たされている間に置いてあった業界紙をパラパラめくってたら、昨今の厳しい経営事情の記事がありました。曰く人手不足。そして年々車が発達するのに伴って、修理もどんどん複雑化していって、ついていくのが大変だと。まあそうよねー。昔は後ろから追突してもバンパー替えれば良かったのを、今は後方の距離センサーやら、なんたらセンサーがあるから、その取り替えとかなんだかんでえらく金がかかる。それ以前にどうやって取り替えたらいいのか調べるのが面倒くさいとか。これが電気自動車になり、それが自動運転になりとかになったら、なおさらです。
そういう経営事情なら保険会社におんぶに抱っこ的な依存性が出てきて、保険に入ってない車はやらないとかいう流れになるのもわかる。しかし、依存性がついたら今度は隷属性が深まって、大手企業の下請け会社の悲哀のようになり、このご時世で年々厳しくなっていくから、そこで揉めるとかあるのかもしれませんね。よう知らんけど(笑)。
しかし、そこまで話を広げると、もうわからんです。わっかるわきゃねーよって。
調べてもわからんだろうし、こんなくだらないことで時間使って調べるのがバカバカしいというのもあります。もうねー、年とってきて、人生の閉店時間も迫ってきてる今日このごろでは、別に知らないで一生を終わっても何の後悔もないわってことも増えてきます。若いうちは貪欲になんでも知りたかったけど、今は時間のほうが惜しい、ほんと。ちょうどディズニーランドの閉園時間が迫ってて、乗りたいけどまだ体験してないアトラクションに駆けつけるとかやってるときに、「ディズニーの歴史」とか書いてあるところをじっくり読むか?というと読まないよね。そんなのどうでもいい。自然と優先順位というものが出てくる、ということです。
「負けるもんか」と東海道五十三次
しかし、まー、次から次へと色々起こりますわね。
もとを質せば全部自分の不注意の帰結とはいえ、こうも立て続けに起きるとめげそうになります。特に意味不明過ぎる訴訟など起こされた日には、話が見えないだけにヤキモキしてるしかないという、不愉快な手持ち無沙汰な時間がイヤですね。
ただ、まあ、「いつもの話」でもあります。大局的にみれば「さざ波」程度のことでしかないのもわかる。ある日突然余命宣告を受けることだってあるわけだしねー。この程度だったら不幸の名にも値しないんだけど、しかし、とりあえずは面倒くさいし、不愉快よね。
それは例えば延々と人生道中を歩いているさなかに、突如豪雨に襲われて、ずぶ濡れになりながら、それでも歩くしかないようなものです。雨に濡れたからといって直ちに死ぬわけでもなし、よくある話でもあるし、大したことではないんだけど、そう頭で理解したとしても、その最中の不快度がやわらぐわけではない。
「ちくしょー、負けるもんか」でやっていくしかないです。
ということで、心象風景的なものとして、東海道五十三次の「庄野」の絵を巻頭絵にしました。「こんな感じよねー」という。
上までスクロールするのがめんどいだろうから、もう一回出しておきます。
ただ、これ僕だけではないし、他の誰かもがそうだろうし、なんだかんだひとり残らずそうだろうし、あなたもそうだろう。負けるもんか、ですよね。頑張ろうじゃん。
ところで東海道五十三次には思い出があって、昔永谷園のお茶づけ海苔でオマケについてたのですよね。絵柄が好きで、それを何枚か集めて送ると五三次の一式セットが貰えるというので応募したら、ちゃんと届いて、めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えてます。
僕はギャンブルは一切やらないのですが、理由は博才がないことであり、且つそういう運には恵まれてないという幼少期の刷り込みがあったからです。ここ一番の生きるか死ぬかの大博打には絶対勝つという信仰みたいなものはあるんだけど(ほぼ死産という状況からしぶとく生まれてきたとか、なんだかんだ司法試験には受かるとか)、そのかわり生きるか死ぬかではないサイズの運はない。まず負ける。100に一つの大博打には勝つけど、あとの99回は全敗だという。
そう思ったのは、子供の頃にお年玉年賀はがきがあまりにも当たらなかったからです。あれ10枚貰えば確率的に1-2枚はあたったんだと思うけど、これがまったく当たらない。あまりにも当たらない。「抽選で◯名様に」というのもあたった例がない。商店街の福引だろうがなんだろうが常に最底辺。ああ、もうそういう星のもとに生まれたんだなーと諦めてたのですが、だからこの五十三次は嬉しかったのですよ。集めれば必ず貰えるからラッキーでもなんでもないにせよ、それでも郵便で届いたというのはうれしかった。
それ以前に五十三次はなんか好きで、子ども百科事典に東海道全宿場のきれいな地図があったので毎日眺めているうちに、五十三次(55宿場)、全部暗証できるようになった。これが子ども心に偉業に感じられ、「偉業を成し遂げた俺」というアイデンティティがちょっと出来て、「俺はやればできる」という一つの確信の核心になったとは思います。「こんなの覚えて何の役に立つのか?」といえば、直接的には役に立たないけど、もっと大きく深いところでメチャクチャ役に立っている気がする。思うに「教育」とか「経験」ってそういうもんなんだろう。
五十三次ですけど、今でも暗証できますよ。日本橋、品川、川崎、、、、大津、京都まで。試しに今やってみたら、袋井と新井のところでつっかえた。くそお、修行が足りんぜ。この雨の絵(庄野)は、最後の方です。伊勢の国で、今でいえば三重県鈴鹿市。あとは京都まで一気に、庄野、亀山、関、坂之下、土山、水口、石部、草津、大津、京都って。
自分で作曲して歌にして覚えるといいんだけど、語呂が悪いところで躓くんですよねー。歴代天皇もやったんだけど、平安期あたりから、やたら「後◯◯」という名前が出てきて、この「ゴなんたら」というのが言いにくくて、つまんなくなってやめました(笑)。68代くらいから、後一條、後朱雀、後冷泉、後三條と4人続いて、さらに先の方に「後土御門(ゴツチミカド)」なんてのがまた出てきて、やってられっかって感じで。
この五十三次は子ども心にやたら絵が面白かったので惹かれました。そういえばそのテーマでの記念切手もあったよね。って今見たら、最近(2020年)53次(55枚)全部の切手シートを発売しているのを発見。昔はごく一部だけだったと思うけど。
安藤広重の作だと覚えていたけど、今検索してみたら、どれをみても「歌川広重」になってる。なんで?と思ったら、安藤というのは本名で、芸名というか師匠筋から受け継いだ号は「歌川」だそうです。安藤広重という芸名と本名が入り混じった珍妙な表示は、当時の本人も一度もしてないそうで、だから修正されているそうです。なるほどね。でも、もう50年くらい安藤で刷り込まれてしまったからなー。
最近X(Twitter)などでアート作品を濫読のように見るのが趣味になってます。市民ひとりひとりがキュレーターになって、いいと思う作品を紹介してるだけのアカウントが結構あって、これがランダムにいろいろ出てくるから視野や見聞が広がって良いです。
川瀬巴水(かわせはすい)なんかもそれで知ったのですが、この人、スティーブ・ジョブスのお気に入りらしいのですね?それで知ってる人が多いらしい。昔、ブログのエッセイの「幸せ蛍」でも使いました。このあたりのは著作権切れが明白なので、使いやすいのですよ。
五十三次の絵ですけど、なんで子どもの頃にそんなに惹かれたのかなーと思って今見ると、惹かれて当然というか、めっちゃインパクトがあって、絵の訴求力がハンパないです。構図にせよ、コンセプチュアルなテーマの切り出しとデフォルメにせよ、遠近法やら写実性やら、もうぶっ飛んでます。ゴッホやモネに影響を与えたというのもわかる(逆に実は西洋画の影響も受けているらしく、相互交流だったとか)。もう何を考えたら、こんな構図思いつくの?という。北斎の赤富士とか、誰もが知ってる波どっぱーん!の絵(冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏)とか、すごいよね。
この「庄野」も土砂降り感がメチャクチャ伝わってきてます。見てるだけで雨に打たれて身体が濡れてくる感じだし、「負けるもんか」でヒーコラ頑張ってる人の感じがリアル過ぎる。そして背景の竹林のだんだん薄くなる感じやら、強風でしなっている感じやら、もう秒で伝わってきますもんね。
不透明な時代の繋がり
ところで保険の話に戻すと、万が一、悪夢的展開でマジで120万くらい払わないといけなくなったらどうするか?です。まあ、ひっかき集めればあるかなーという気もするが、なんせ車買ったばかりなのでそんなに潤沢にあるものでもない。それにひっかき集めるのが面倒くさいというか(解約したりとかイヤじゃん)。
そういうときは、昔やった吉田債のように、田村債で皆に借りようかなーとか思いました。一種のお祭りとして。年利5%で返す自信はあるんだけど、銭金というよりは、そういう機能を改めて使って、暖機運転しておこうか、とか。免停になった→本でも出版するかみたいに、転んでもただでは起きたくないもんね。昔セーフハウスとか言ってたけど、基本コンセプトには変わりはなく、ただ今そこまで切羽詰まって困ってないだろ?ってことでおいてありますけど、いよいよリアリティが出てくるんじゃないかな。
でも世の中の歩み、というよりも全体の認識の進度が遅すぎ。過去のエッセイでも日本のインフラがやばい、老朽化して危険になってる橋が全国で2-3000もあるとか随分昔に書いてる。西側なんかもう負け組確定で、「平家の落ち武者部落」だというのも多分10年以上前から折に触れて書いてると思うのだけど、ようやく一端がわかりかけているという感じ。どうしてこんなに認識の広まりが遅いのだろう?
もうなにもアテに出来ない時代ですし、これからはもっとアテにならないし、そうなるとこういう繋がりが意味持ってきます。人生なんか「誰に出会うか」でほとんど決まるので、そういう場は大事にしなきゃねーってことです。だから10年前の伊勢サミット以来、コンスタントに日本オフをやってるんだけど。10年や20年使ってなくても、油さしたら、まだ結構動くもんだよ。