日本帰省記 06月12日 伏見空き家お掃除オフ

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明日から日本離れるんで、まとめて書いちゃいますね。連投すまん。

この日は実験的な空き家オフ。
空き家はリソースで、資源で、遊び場で、工夫の宝庫でとかいつも書いてると、話が向こうから舞い込んできて。小林さんから(真鶴オフから)、学生時代(京都)のお友達の方のところに空き家があると。

いやー、常々、現地での職探し、ビザのスポンサー探しのコツとして、「夢は常に口走れ」というのがあって、毎日のように ”I need a job”とかいってると、聞いてないようで人は聞いてるから、忘れた頃に、「きみ、仕事探してるんだって?」って話が舞い込んでくる。とりあえず、語学学校時代に、「自転車ほしいなあ」って毎日のように言ってみ(対象はなんでもいいが)、3-4ヶ月もしないうちに手に入るからって。

まるでサイババのアポーツ(物品引き寄せ)のような。でも願望を口にすることは、一種の「広告」ですからねー、理に適っているのだ。

平日昼間なのでそう人もこないだろうしってことで、暇な時にPCでもやってBLOGでも書こうかって重たいノートパソコン一式を持って、えっちらおっちら歩いていきました。下見で行ってるから楽なもんです。

気合い入りすぎて、30分前くらいに着く。
玄関に水道局からの紙があって、なんか水が出てるようだから元栓しめておく、開けるときはこうしろって段取りがかかれていたので、そのとおりにやって。

一人で鍵開けてシコシコと掃除。

あ、そういえば小林さんもう来てるんだった(伏見稲荷にいってるとか)ということでメッセージを。

ほどなくして小林さん登場

二人してやってると、家主のま~こさんも登場。
いやー、3人でやってると結構はかどる。うわーという状態だった家も、掃いたり、掃除機かけたり、雑巾がけしたり、キッチンの金属部の錆などもスポンジで偏執的なまでにやってると取れるもんで、どんどんきれいになっていく。
頑張る小林さん

おおー、どんどんきれいになっていくぞ。
自分の努力が目に見える形で眼の前に出現するという、なんという自己実現!とか小林さんとはしゃいでました。

僕も引っ越したばかりだけど、小林さんも家を売って、近くに引っ越しをしている最中らしく、なんらかの節目がきたら、リセットかけて、装備を整えて、次のステージを目指すのは大事だよね。

お二人の共通の友人の方も来られるらしいのですが、昼は食べてこられるとのこと。また渡邉タクミくんは14時着ってことで、今のうちにお昼いきますかって、3人で近くの食堂へ。昔ながらの狭い食堂なんだけど、なんか懐かしいわー。

腹を満たした後、郵便局にいくま~こさんとは別に僕と小林さんは家に戻る。でも、朝から気になってることがあって、どっかで水の音が絶えずしている。どこかなーと家中探してもわからず。隣の家かな?とか思うけど、違うっぽい。

小林さんにも、なんか音するでしょう?って聞いて、あ、するよねーって。
だんだん本格的に追求する気になって、元栓締めてみたら水音が止まるのも発見。やっぱどっか漏れてるぞと。キッチン近くの床下収納のボックスを外してみたら、あー!床下が水浸しになってるのを発見!

多分床下か、壁の配管のどっかが漏れているだわーと、帰ってきたま~こさんにお知らせをし、ま~こさんは水道局に電話をして調べてもらうことに。
30分ほどしたら、水道局の人が来てくれて(ここがオーストラリアとはえらい違いの日本の凄さだよね、一般レベルの水準高すぎ=その分上層部は低すぎ)、懐中電灯で調べて、しかも水音かなんかで距離をはかる機械があって(そんなのあるんだ)、2メートルくらい先で漏れてますねーと。

じゃあどうしたら直るのか、いくらかかるのか?って話で、水道局の方がいろいろ考えて、多分こうじゃないかなって意見を言ってくれて、なんとも言えないけど、よほど面倒でない限り5-6万マックスかなという数字が出てほっとした。キッチンの床剥がして、コンクリ叩き割ってとかになるとえらい大工事になりそうだけど、そこまでせんでもいいのではないかと。最終的には、キッチンの流しの端っこが分離可能だから、それを動かして、その部分の床を切り抜いて工事すれば足りるのでは?という話。

いやー、ま~こさんはご同情しますが、しかし、いい機会と経験でした。なるほど空き家にはこういう問題があるのかという実地経験させてもらいましたし。

その後、お二人のお友達の方もきて、畳にべったと座って、活用方法の話を。
最初はねー、目の前に病院あるし、喫茶店でもしようかとか言ってたのよー、でもねー、、、って。
今、ランチを食べに出たのですが、けっこう気合のはいった喫茶店も二軒あったのだが、どっちもガラガラ、、、客入ってなかったですよね、なんでだろ?って。

介護士募集とか看板あるから、病院つっても救命系のやつよりも、介護系のやつじゃないの?とか、とくにカリスマの先生がいるわけでもないから、遠くからやってくる人がおらず、完全地元系じゃないか。そういえば救急車も来ないし(半日いて2回だけ)、見てたらタクシーもあんまりこないし、客待ちもしてない。だから、地元系だとしたら、患者が歩いてこれるくらいの商圏だとしたら、ご飯たべるなら家で食べるわよねえ、何もわざわざ家の近所で金払って食べないかもって。

同じ頃に京都で学生やってたから、京都の家屋がなつかしいわー、僕の最初の下宿もこんな感じだったですよ、私のところはって話になって、これ、民泊とかするまでもなく、普通の学生下宿でいいんじゃないの?とか。あるいはシェアハウスとか。今どきの学生さんがこんなん借りるやろか?いやー、今こそ若いのは金もってないから、家賃月2万以下とかだったら入るんじゃないですかねーとか

そこに渡邉タクミ君登場。名古屋や津でも一緒だったけど、いまいち消極的でじっくりしゃべる機会を逸したからとやってこられて。喋りたいというよりも、自分のその消極性をこまめに修正したいって感じかな。

海千山千のおばちゃん3人に、人身御供の捧げられる19歳のいたいけなタクミくんであった。
でも、けっこう落ち着いて馴染んでたよねー。

彼は立命志望だから、皆で京都の大学いいわよ、ここに住みなさいよ、同志社だったら田辺だからいいよ、タクミくんが管理人になって、シェアメイトを自力で入れて学生起業すればいいよねとか、好き勝手にいじられて。でも、アリだと思うけどなー。今、奨学金とかあえいでるし、親御さん達もそんな仕送りとか潤沢にできないだろうし、家賃が安くて、しかも工夫次第で儲かるというんだったら経営経験や社会勉強にもなるしさ、そういうの流行ってきてもよさそうだもんね。

さて、そのあと、僕とタクミくんは、二階でカウンセリング(まあ、世間話だけど)。
この家、めっちゃ居心地いいのですよね。喫茶店やら、貸し会議室かではなく、古い木の感じ、日本の家の感じ、そして畳の感触、ひろびろした空間、足を投げ出してリラックスできるぞ。

タクミくんも、「なんか他人の家なのに、妙にくつろぎますねー」って。そうだよね、それが空き家の良さかもね。なんつっても実際の生活空間の「ヴィンテージ」だもんな。無機的ではなく、あくまでも有機的(オーガニック)。

かーなり時間かけておしゃべりしてたよね。3時間くらい?いろんな話。受験の攻め方で、日本史と国語の攻略とか。僕も日本史、国語、英語で、英語やばし(高校全然まじめじゃなかったので中学英語だけだったし)。だから日本史と国語でどんと稼いでって形だったけど、それって勉強してないし。地力で。

なんでかっていうと、中学二年頃までに司馬遼太郎全集全巻読破してたのが強くて。いいよ司馬さん。晩年は国民的文化人みたいになってしまったけど、もともとは伝奇小説とか書いてたわけだし、感触的にはいまのラノベみたいなもん。すごい読みやすい。とにかく改行が多いから見た目スカスカだし、比喩とか說明が抜群にうまいし、漫画読むみたいにスラスラ読めるよ。
大体、テーマは戦国と幕末に相場が決まってるから、そのあたりを面白そうなのを読んでると、メインキャラとか背景は大体わかってくる。そうなると日本史も、漫画やアニメのストーリークイズみたいになるから、試験も楽勝。「次のうち、北斗の拳の登場人物ではないものはどれか?正解:左門豊作」みたいなレベルに感じる。

大体得意科目というのは、要求される水準の2-3倍くらいできるよね。「ま、高校生にはこのレベルでいいか」みたいな大人目線。それに過剰にやったほうが、レベルがあがるというよりも、単にストーリーが細かくなり、なでそうなるのかをきめ細かく説明してくれるからめちゃくちゃわかりやすい。感情移入もできるし、一発で覚えるから結局時間的にも得。それを自分でノベライズとかコミカライズするのは大変だから、他人が面白くしてくれたものを読んでた方がいい。だもんで、歴史もんとか200冊くらい読んでおいたら~、へらへら読めるもんがいいよ。そうすれば、自然に国語力つくから、

あと、不安の話。これは面白かったですね。昔、初期のエッセイで「不安と仲良く」って書いたけど、不安というのは、将来の不確定性、つまりどうなるかわからない未知成分があるから生じるし、この世の全てを知っているのでなければ誰にでも未知はあり、不安はある。
でも、同じ不確定性=勝つかもしれないけど、負けるかもしれないって両方の可能性がある場合、あえてネガティブな可能性に注目するときに不安を感じる。ポジに注目するときは不安を感じない。不安を感じてもおかしくないんだけど、でも、感じない。

宝くじがいい例で、0.01%のポジの可能性を感じて買うわけだけど、普通に考えたら99.99%以上負けるわけで、絶望にうちのめされ、不安で死にそうになりながら買っていてもおかしくはないけど、そうではない。だから、未来の可能性のうちポジに着目するか、ネガに着目するかは、単なる趣味でしかない。

だからー、すぐ不安になってしまう自分を克服したいとかいう問題のたてかたがおかしくないか?と。不安を克服してるっていうよりも、私利私欲に目がくらんでとか、功名心にそそられてとか、ポジにひきつけられてやってるだけの話。宝くじだって、もし外れたらどうしよう?という「不安を克服して」買ってるわけでもないしねー。また不安を克服する精神的修行として宝くじを買ってるわけでもないし。

不安というのは、希望の影みたいなもので、それ自体は実体ないんちゃうか?希望をもつ力(てか、単純に欲望)が強かったら、不安も強くなるんだろうけど、でも希望の力が強いからやるという。まあ強烈な欲望を持つようにもっていったらいいんじゃないかな?

なーんて、学生時代下宿でやってたような話をしてました。がらーんとした空き家で、窓辺に背中を預けて、窓からの風になぶられながら、ゆっくり喋れるのがいいよね。喋ってる間に、小林さんとま~こさんは退場。タクミくん10分間労働(雑巾渡して、すきなところ拭いてきて~って)。

第二番手は村田さん。可愛らしい娘さん(双子)が今度シドニーに行くのでサポートとかアドバイスってことで。JR稲荷駅までくるのを待ち合わせるので、タクミくんと一緒に出て、稲荷駅で待ち合わせ。

おー、このへん家の近所なんだけど全然行ったことなかったので新鮮だわ。稲荷駅ってこんなになってるのね。また、梅雨の夕焼けの鳥居が結構きれいでした。

村田さん御一行と、帰路につくタクミくんとでちょっと挨拶して、さて今度は村田さん達とぞろぞろと同じ道を通って家に戻りました。広い家で、好きなところで話しよってことになったら、やっぱさっきタクミくんと話してた二階の窓辺に。

いやー村田さん、可愛いお子さんじゃないの。はきはきして明朗で。
ちょっろっと聞いて、あー、だったら、初日だけ空港迎えにいって、SIMカードでアクティベイトして、OpalCardの使い方や、一緒に乗って町のあるき方とか伝授したら、1日でいいんじゃないか?って気もしましたね。あとは自分らで、海いったり、フェリー乗ったり、ブルーマウンテン行ったり、メルボルン行くなら自分らでやってみるとかすればいいかも。てか、引率でやりすぎると達成感ないし、最近はGoogleMapやGPSあるし、結構なんとでもなるかなーって。
宿は、まだ若いし、普通のホテルでいいでしょ。バッパーはまだ早いし。
この日、初めてもってきたPCをつかって、シドニーの写真を見せたのでした。もってきた甲斐があった(笑)

小一時間くらいで村田さんとのお話は終わって、彼女らは10分労働(笑)。

最後に残って、戸締まり何度も確認して。でも、かなりもう普通に使える家になってきた感じ。掃除もあるけど、人がいるというのは、家にとっては栄養分みたいなものなのかな、家が生きかえったような感じがする。

この実験的な試みは非常に有意義でした。抽象的に言ってても始まらないもんね。ちょっとでも現実に触れて、そこにいることでアイディアもまた湧いてくるってもんだし、ああ、これなら結構いけそうだなって感触も得られたし。

外に出るともう夕刻で、夕焼けきれいだったです。
日本名物の踏切(あんまりあっちには無いし、あってもこういう風景ではない)を過ぎる。

鴨川から比叡をみて、さて、日本でやることもあらかた終わったぞー

いやあ、今回もよく遊んだ。
一緒に遊んでくれたみなさん、ありがとうございます。
また遊ぼうね。

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