ストライクゾーンと手数

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シェア探しのサポートをやってると面白い発見があります。
数多くシェア見学にいって、「全然いいのが無い~」といボヤく人もいれば、「ほとんど全部良くて、どれにしようか目移りする~」って嬉しい悲鳴を発する人もいます。10軒、15軒と廻った時点での話ですから、おそらく確率的にどちらも似たようなレベルの品揃えになってる筈なんだけど、人によって「こうも違うか」という。

前者は自分が良いと思う部分(ストラクゾーン)が狭く、後者は広いのでしょう。そういう広狭は人によって違うのはわかりますし、当然のことでしょう。

当然なんだけど、この現象から導き出されることは沢山あります。

まず第一に、人よりもストライクゾーンが狭い人は、それに比例(反比例?)して人よりも数を撃つ必要がある、の法則です。

英語で”picky”とか”choosy”とか呼ばれる「より好みの激しい人=ストライクゾーンが狭い人」の場合、人よりもせっせと接触局面を増やすべきってことですね。

えーと、平均人のストライクゾーンが100平方cmだとして、あなたのストライクゾーンが70だとしますね。てことは、あなたのヒット率は70/100になる。人よりも「キタ━(゚∀゚)━!!」というケースは30%少ない。ならば人よりも30%多くトライをしなければならない。換言すれば、人よりもハッピーになれる確率が30%低いんだから、人並みに幸せになりたかったら30%余計に動けってことですね。

そう考えると、すぐに、それを実行できている典型例Aと、全然実行できてない典型例Bが思い浮かびます。
実行してる典型例Aは、例えば音楽マニア、もう「ファン」を通り超えて「病膏肓」レベルにまで至ってる人、真剣にバンドとかDJやってる人とかですけど、彼らのヒット率は低い、ストライクゾーンも狭い。耳が肥えまくっているから、「おお、これは!」と中々思わない。それだけに彼らの数撃ち度は凄まじい。もう片端から聴きまくって、聴きまくって、どうしてそんなに知ってるの?というくらい聴いている。全然知らないアーチストだろうがとりあえず聞くし、ジャケ買いもバンバンする。

これはどんな趣味でもそうだと思います。食べ歩きなんかでもそうで、とにかく食べ歩く。その殆どがダメだったり、お金と時間の無駄だったりするんだけど、それでもやる。もう壮大な無駄ダマを撃ちまくらないと「これじゃあ!」というフェバリットのものに出会えないというのはこれまでの経験でよく知っている。だから失敗したり無駄になることを恐れない。恐れていては出会えない。故hideもインタビューで語ってたけど、「一曲でも好きな曲が入ってたらそのアルバムはフェバリットだし、2曲も3曲も入ってたら超ヴェバリットだよ」と。

逆に、全然実行できてない典型例Bは、中々彼女(彼氏)が出来ないとお嘆きの貴兄のことで、だいたい経験少ない人、モテない人に限って「理想」が高い。もう高すぎるってくらい。いきなりスタートラインのハードルが高いから話が始まらない。そんなにストライクゾーンが狭いなら、人の何倍もいろいろ接触すべきなんだけど、やらない。えてして超メンクイだったりするから、一定水準以上(これが高い)でないと最初から対象にすらならない。白馬の王子でなきゃダメなんだ~!あれは馬に乗ってないからダメ、馬に乗ってるけど馬が白くないからダメ、白馬なんだけど王子じゃないからダメとか、おるかいそんなもん!ってな話です。

逆にモテる人、全然不自由してないんだろうなーって感じの人って、博愛主義的というか、キミはキリストか?ってくらいわけ隔てしない人が多い気がする。マンガのギャグとかでよく出てくるフレーズだけど、「俺はいままでブスという女に会ったことがない」とか、「女は、ただ女というだけで既に尊い」とか、もうそういうノリ。とにかく間口が広い。全部ストライクってくらい広い(だけど奥行きはシビアなんだよな)。

一見同じようにストライクゾーンが狭いんだけど、
ストライクゾーンが狭いゆえに数を撃ちまくるAパターン、
ストライクゾーンが狭いゆえに全然撃たないBパターン
なぜにこうも正反対なのか?ここに結構大事な真理が隠されているような気がしますね(しませんか?)。

幾つかのことが考えられるのですが、、、

(1)ストライクの意味
思うに(撃ちまくる)Aは、自分にとってのストライクが何なのかよく知ってるのだと思う。音楽でも小説でも好きな人ならわかると思うけど、「あ、これ!」ってピピッとくる感覚があり、それは自分の中ではもう絶対。だけどピピッとくるかどうかはカタチではない、静かな曲でも激しい曲でもいいものはいいし、パターン化出来ない。

だから外形的な基準では選別できない。美味しいものが好きな人も、有名店だから、雑誌に載ってるから、人気だから、高いから、老舗だから、、、とか外形は気にしない。なんのアテにもならないのをよく知ってるから。有名人気だろうがダメダメもあるし、地味で今にも潰れそうなだけど宝石もある。そういう実体験をこれまでたくさんしている。そして、絶対基準は「自分の舌(感覚)」しかないこともよく知ってる。

でも、数撃たないBは自分のとってのストライクがまだわかってないか、まだ体験したことがないのでしょう。自分だけの絶対的な基準がないから、結局は世間的な通り相場に従うしかなく、そりゃあそれだけスペック条件揃ってたらいいでしょうよってド典型の理想形しか思いつかない。理想が高いと言われているケースの殆どがこれだと思う。

(2)間口ストライクと奥行ストライク
Aの人は、間口にストライクゾーンをあまり設けない。外形や記号は無意味だということを経験的に知っているから。どんな美男美女でも付き合いはじめたら全然合わないとか、ついていけなかったりもするし、世間的スペックは低いかしらんけど、その人オリジナルな良さがあるのも知っている。奥行きがメインになるので、間口でそれほど関所を設けない。そこで設けてたら宝石を逸するから。

Bは、奥行きがほぼ無いに等しい(経験値ゼロに近いし、奥行きの意味もわからんかも)、ゆえに間口オンリーになり、そこで異様に厳しい審査になってしまう。

(3)本質的に好きか嫌いか
音楽好きな人は本質的に音楽が好きで、モテたり友達多い人は本質的に人間が好きなんだと思う。「女である時点で既にレスペクト」的な世界で、結局ファバリットにならない曲であろうが、プロと呼ばれるレベルにまで達した連中が、それなりに精魂込めて作って演じていることは知ってるから、基本レスペクトはする。全然ダメ!とかいいながらも、基本のところは認めている。人についても同じです。

だから無駄玉を撃つことにそんなにためらいがない。厳しい奥行き審査で、結局は自分の経絡秘孔を突いてくれないからダメ評価になるんだけど、でも音楽を聴くこと自体は好きだから、無駄玉といってもそれほど不快でもない。人についても同じで、最終的には行き着けないにしても、どっかの誰かとなんかかんか一緒にいることが好きなんだと思います。

この感覚が、無駄玉を撃つ原動力になるし、それを徒労だとは思わせない理由じゃないかな。

(4)攻めと守り~楽しいか不快か
Aは楽しいからやってる。その行為の本質は「快楽追求」という「攻め」です。攻めでやってるから、やること自体が既に楽しいし、仮にダメでももともとで被害はない。

でもBは違う。「不愉快な目に遭いたくないから」という「守り」が主題になっている。
ハズレで金を損するのがイヤだとか、フラレたりして傷つくのがイヤだとか、とかくコトに臨んで最初に想定するのが不愉快な局面である。しょっぱなにネガが来ちゃうから、あとはいかに被害を最小に回避するかになってしまう。いきおい防衛的、退嬰的、消極的になる。なんにもしなければ一番傷つかないとばかりに手数を撃つところか、何もしないことになってしまう。その差でしょう。

なんでそんなにネガティブがテーマになってしまうの?楽しいからやるんでしょ?っていえば、もう「楽しさ」が分からなくなってるとか、未だ知らないとかあるんでしょうね。でもその中核には、自分のアンデンティティを「すぐに傷つく弱い私」という弱者設定だと思います。こっからさきは、昔に書いたエッセイの「弱さの罪」と同じ話になるので割愛。

(5)素材と奥行きプロセス
料理の上手な人は、ありあわせでなんでも作れます。冷蔵庫あけて「ふんふんふ~ん」と物色して、「おし!」と献立を決められる。麻雀でいう「手なりで勝負」が出来る。今ある素材、所与の前提を上手に組み合わせたりしていいものを作っていけると思ってるし、またそのプロセスこそが楽しいと思っている。

Aパターンの人が間口が広いのは、そういう意味もあるのだと思う。素材にそこまでこだわらない。なんたら「パック」みたいに一式全部揃ってないとやる気がしないとか言わない。なきゃ無いなりになんとでもなるよ、それが面白いんじゃん?オリジナルってそういうことだろ?って感じで、意にも介さずどんどんいく。

転勤やらなんやらでド田舎に住んだら住んだで、釣りやったり山登ったり田舎ライフをエンジョイし、大都会に住んだら住んだでアーバンライフをエンジョイする。~でなきゃダメってもんでもないし、自分なりに料理していくことが出来ると思ってるし、実際にもそれが出来る。

Bパターンの人はそこの持ち技が少ないんでしょうね。田舎は不便だとか、人間関係がウザイとかおもってうんざりし、都会はうるさいとか孤独だとかいってはうんざりするという。

以上、音楽とか恋愛とか例に取りましたけど、これって仕事や職業についても同じことが言えると思います。なんでもそうよね。

だから余計にBの人は、無理矢理にでも数をこなして経験値を増やし、楽しい奥行きワールドを広げていくしか無いんだけど、ここがニワトリ卵。経験値が少ないから数を撃てない、尻込みする、だから経験値が増えない、増えないからますます尻込みする、、、、の悪循環になるよね。どっかで「うだうだ言っとらんで、やったらんかい~」ってならなきゃ。

シェア探しの話 脳内と現実のすりあわせ
シェア探しの話に戻ります。
誤解してほしくないのは、冒頭の2つのパターン(いい所がない  vs 全部いい)が、上に述べた典型例ABに対応しているわけでは「ない」ってことです。

典型例はそこから派生して思いついたモデルに過ぎません。実際のシェア(特に初めての)の場合は、もう少し細かなニュアンスがあります。そもそも「数撃つ」ってことに関しては、皆数は撃ってるわけですから。

ただそれでも差が出てくるのは何故か?といえば、自分のストライクゾーンと現実との「すりあわせ」の問題だと思います。

シェアを探して決めるまでのプロセスというのは、自分のストライクゾーンを現実にアジャストするいい機会なんです。大体ですね、一回も体験したこと無いことに良いも悪いも本当の意味でわかるわけないです。それが分からないのにストライクゾーンもヘチマもないわけですよ。
最初のシェア探し(なんであっても)のストライクゾーンというのは、それまでの自分の「勝手な思い込み」というか脳内理想を、現実にぶつけてみて、カンナで削ったり、練り直してみたりプロセスだとも言えます。
シェアに限らず、日本で賃貸マンション探しをすれば、誰だって、ある程度は「そんな夢みたいなこと言ってても仕方ないよな」「あるわけないよな」ってのも思い知る。かといって安易に諦めて妥協してもあかんなというのも分かる。探せば出てくるし。また、脳内で考えてた基準とは違った要素が実は大事だというのもわかる。条件は満たしているんだけど、なんか暗い圧迫感であって鬱になりそうだとか、条件は微妙なんだけど風通しがよい開放感がすごい居心地が良いとか、スペックになりにくい要素(肌触りみたいな)が大事だとか。

脳内と現実のすりあわせです。
どれでもOKって思える人は、そのあたりのすり合わせや焦点の合わせ方が上手なのだと思います。あるいは別の観点でいえば「割り切り」が上手。どこまでいっても完璧に事前にわかるわけないや、ダメだったらそのときはそのときだって割り切れる。

あるいは、楽しくする引き出しが多い。どこだろうが住めば都だろ、とりあえずやってみよって思える。どんな素材からもそれなりに良さを発見し、引き出すことをこれまでやってきたんでしょうね。

「数撃つ」ってことのなかには、単に「探す」だけではなく、「実際にやってみる」ということも含まれます。ある程度はバクチというかブラックボックスなんだけど、とりあえずこんなところに住むとどんな感じになるのかその「答え合わせ」をするって意味でも「数撃ち」になります。やってみないとわからないしねー。そこで別に「成功」とかもないわけで、なるほどこんな家だとこんな感じになるのか、そして自分はこう感じるのかというのが分かると、また一つ奥行きがひろがります。

という意味で、より細かく言えるとは思うのだけど、でも、大きくいえば上のAとBが下敷きになってるとは思います。どんどん体験して奥行きを広げて、同時に楽しくなるワザや引き出しも増やしていけるか、脳内思い込みが強すぎて現実とのすりあわせがうまくいかず、結果手数が減るから、奥行きもワザも増えないか。まあ、同じことかもしれないな。

写真はCampsieで撮ったもの。「なんなの、これ?」という。

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