渡邊匠くん ラウンドから帰還(WH1年終了)

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早いものでジャカランダの季節が巡ってきたらもう1年。去年こられた渡邊匠(たくみ)くんがラウンドから戻ってきました。

なかなか良いラウンドだったようで、いろいろ話し込んでしまいました。そういえば最近体験記書いてくれる人も少なくなってるんで、書いてほしいなー(他の皆も)。

来たばかりの頃の紹介記事はここなんですけど、なんか眼鏡の有無以上に変わってますよね。一言でいえば1年前より若返っている。まだ20代の男性に若返りもなにもないんだけど、でも、いい感じでつるんと油が抜けて、あー、いいラウンドだったんだなーというのが窺われます。

なにがどう「いい」のかは人によりけりですけど、彼の場合、その昔にきたO君(彼の体験談もあります)と同じ系統で、頭いいので考えすぎる、考えすぎて煮詰まって自滅というパターンで(どちらも僕と同じ法学部出身)、Oくんには「思考禁止の仮処分」「考えたら死刑ね」とか言ってました(笑)。Oくんはラウンドですっかり吹っ切れたのですが、タクミくんも同じく吹っ切れられたようです。めでたしめでたしです。

タクミくんは最初のシェア探しで3軒目かそこらのLidcome物件がすごく良くて、そこに決めようとしたときに、僕が待ったを出して、もう一捻りあった方がいいんだけどなー、いいシェアなんか無限に見つかるんだ、やればいいだけなんだって心底思えたら一皮むけて最高なんだけどなーといってたら、Normanhurstという北の外れのようなところで見つけて、それが彼の大きな成功体験になってます。ラウンドでもそれが生きている。つまり、目先のラッキーや幸福にしがみつくのではなく、やってりゃ絶対うまくいくという自信を得るかどうかで、それを忘れず、それを伸ばしたのが彼のラウンドだったとも言えます。

シドニー時代のジャパレスは、わりと遠目のPennant Hills(でもシェア先からは近い)で、日本人なんか一人もいない混成部隊のジャパレスで給料も最低時給。だけど、居心地はそんなに悪くなかった。もうちょい高給を狙った二軒目は、全員日本人のところで、ここが精神的にきつかったそうです。やたらマウント取りたがる人がいたりして、全然楽しくなかったと。給料はいいけど、メンタル面も考えたら赤字だと。なるほどねーと何事かを学び、そろそろラウンドへ。

最初はパースでWWOOFを一週間くらいやって、それはすごく良かったそうです。いいラウンド開始の準備運動になったというか。
そのとき、ホストマザーにこの先半年何に重点を置いてやっていくの?仕事経験?観光?お金?と聞かれて、「うーん、とにかく生きて帰ることですね」とか答えて、なんと慎ましい野望だことと爆笑されたのですが、タクミ君的には違う意味で自分の回答に感動したらしいです。
なにかというと、来る前(大学のキャンパス)では、なんかもう生きててもつまらんなー、クソゲーを一生やり続けろと言われてるみたい感じで、生きる意味がわかんってなくらいダークだったらしいんですけど(表面的にはソツなくほがらかにやってたそうだが)、そんな自分が「生きて帰りたい」、つまり生きることに執着を覚えるようになったのは自分でも大発見で感動したと。もっと慎ましいよね(笑)。

でも、シドニーの2ヶ月目くらいに、あれ?とは思ったらしいです。大学時代もちゃんと勉強はしたし、サークル活動その他は結構やってたし、自分ってやることやってるじゃないか、案外捨てたもんじゃないのではないか?と思えるようになったそうです。道を歩いてたら、ふとそう思えたと。

逆になんであんなにダメダメ思えてたのだろう。何をやっても、何を達成しても、全然自信にならない、やった感がない、ダメ感が抜けない。こんなダメダメ模様で世界が見えてたら、クソゲーを死ぬまでやり続けろと言われているようなもんで、そりゃ誰でもうんざりするわね。でも、そうは思えなくなった。

冗談で言ってましたけど、なんか日本では変な電波とか飛んでんじゃないの?なにをしてもダメに思えるダメダメ光線みたいなのを照射されてて、それを浴びると何をやっても達成感がない、自信にならない、面白いものもつまらなく感じてしまうと。その毒気が2ヶ月くらいで抜けてきて、半年くらいでむしろ積極的に(てか自然に)生きたいになっていったと。

さて、パースのWWOOFを終えてこれからどうしようとなったときに、パースよりも北はあまりにも閑散してて、ファームが少なそうで、密集してそうな東海岸にまた戻ります。寒いってのもあったらしいけど、だったらブルームくらいに上がればいいんだろうけど、そのときはなんかブリスベンとかそのあたりが良さげに思えたと。

で、ブリスベンとか行くんだけど、ここで考えてしまって沼地に入り、僕となんどかメッセージのやりとりをしてました。

その後どうなったのかなーと思ってたら、ケアンズ辺りまで北上し、550キロ離れたBowenまで大した成算もないまま「えいや」でいったのが当たり。だんだん吹っ切れてきたというのもあるし、最後に「えいや」が出来たのは、やっぱシェア探しでの成功体験(あれこれ探した挙げ句いいところにぶち当たった経験)が生きてたと。
このBowenのファームが当たりで、結局ここで3-4ヶ月はやっていたそうです。
このファームは、ワーホリ10名前後とオージー数名のこじんまりしたトマトファームのパッキング(厳密は、ソーティング(選別)→パッキング(箱詰め)→スタッキング(パレットに積み上げる)の最後のスタッキング)をやってたそうです。ピッキング(収穫)はまたもっと離れた別なところにあるらしく、終始パッキング(スタッキング)だけで、たまに他の雑用があるくらい。

メンツはもうバラバラで、日本人は自分だけ、あとフレンチとかチリとかエクアドルとか、、、ほとんどかぶってない。

何がそんなに良かったの?と、例によって根掘り葉掘り尋問したわけですけど(笑)、多分、僕が思うに、不愉快なことが少ない(職場の人間関係が良い)、生理的快感が常にあること(農場の自然の空気や感覚)じゃないですかね。朝は朝で気持ちいいし、仕事終わりの夕暮れにはなにかしらの達成感があり、よく動くから腹は減るし、飯は美味いし、ぐっすり眠れるし。そんな単調なんだけど、気持ちいい日々が続くと、乾燥わかめが水で戻るように本来の健康体になる。

最初の頃はトマト箱を積み上げては、今頃日本の大学ではエントリーシートとか書いてるんだろうな、何やってんだとか思ってたらしいけど、だんだん、生活の気持ちいいリズム感で身体がまず満たされ、身体が満たされると心も満たされて、そんなのあまり考えなくなった。
最初の2ヶ月くらいで、ワーホリで学ぶべきもの、なすべきことはほぼ達成したかなという満足感があったんだけど、だんだんそういった「今ココ」感覚すらもなくなり、ただ単純に「楽しい」というピュアなものに浄化されていったらしいです。

よかったねー。シェア探しで原型をつかみ、ラウンド先でこれを開花させていったという絵に描いたような展開。

ただ、これを忘れないでください。すぐ忘れるから。
日本に戻ってあれこれやってると、また不思議なダメダメ光線を浴びてダメダメになってしまうし。

彼にも話したけど(エッセイでも書いたけど)、真島昌利の「こんなもんじゃない」というソロアルバムの佳曲があって、そこに名言があるのですよ。
「確かに本当に見えたものが、一般論にすり替えられる」
「確かに輝いて見えたものが、ただのキレイゴトになる」
と。
だから、こんなもんじゃない!と思うのだと。

過去のエッセイで「曖昧で要領をえないものは常に正しい」と書いたように、本当にリアルに感じた物事というのは、言葉にできない、表現できない。それが出来るほど人間の言語も記号も緻密に発達していない。だからアートという世界がある。記号で全部済むならアートは要らない。
正確に表現しようと思えば思うほど、的確な記号も言葉もないから、無理に言語化した分だけ歪んでいく。

そう言えば、大脳生理学で読んだことがあるけど、人間って思い出して、また覚え直すんだけど、そのときに歪みが生じるので注意をすべきだと。思い出した記憶のまままた元に戻せばいいんだけど、そこで色々考えたり想像したりして原記憶を書き変えてしまう。本棚から本を出して開いて(思い出して)、そのまま戻せばいいものを、そこでページを折り曲げたり、ちぎったり、書き加えたりする。それ以後、それが記憶になる。裁判で証言が二転三転するのも、周囲からあれこれ言われているうちに元記憶がぐちゃぐちゃになるからだと。

だから輝いているものは、言葉にしてはいけない。右脳で感じたそのまんま、その感覚を意識的に覚えておいて、あえて言語化しない。したら壊れる。したとしても説明の便宜でしてるだけだと割り切るのが大事。

ラウンド帰りに人によくこのことはいいます。一生の宝石のような資産を得たのだから、それを腐らせないでね、って。大文豪のような文才があるなら言葉にしてもいいけど、そうでないならできるだけ真空パックにしておくといいです。

で、なんか単なるキレイゴトにしか思えなくなったら、もう忘れてしまっているから、とっとと戻ってきなさいと。また、こっちに戻ってきてこの空気に触れたら、あら不思議、一瞬にして「そうそうそう!」と思い出しますから。

最後に予算面ですけど、シドニー時代やラウンド初期はピーピーいってたときもあったのだけど、最後にいいファームでがっちりやったら、結局、配給原点(来たときに持ってきたお金)と同じかそれ以上は持って帰れるらしいです。ま、ここまできたらお金とかどうでもいいんだろうけど。

来週日本に帰国、大学に戻って、就活して~って日々になるそうですが、JUNJUN氏(三重繋がり)の日向市にも行ってきなよー、てか僕が帰ったらまた京都でオフやりましょう。

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