元号閑話

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最近、本家エッセイの方が時間かけられるだけに大論文化してて自分でも気軽に書けなくなっているというアホな事態になってますが、どうでもいい与太話みたいなのはココで書きましょ。

新元号の「令和」が発表されてどうのこうのって話がありますが、例によって、(多分)人と違うことを書きます。

海外に住んで長くなると、元号なんか滅多に使わないです。滅多にというよりも「絶無」といっていいです。たまに調べ物をしてたり、銀行からの通知などで平成○年とか書かれてると、「だー、それって何年だ?」って面倒くさい思いをすることくらいですね。ちょっといらっとくるという、まあ「赤信号にひっかかった」程度の話です。

だから今回変わったとか聞いても「ふーん」以上でも以下でもないです。「まだやってるんだー」って思うくらいで。久しぶりに母校の高校に行ってみたら、自分らの時にもやっていた妙な伝統行事みたいなのを未だにやっていて、「おー、まだやってるんだー」って思うくらいの感じです。

まあ、「もうやめたら?」というのが素直な感覚なんですけど、スパッと止められるくらいの決断力やメンタル力があったら日本もこうなってないでしょうから、止めることはないでしょう。

次に「どうせやるなら」って思うことがありますね。

(1)なんで国民投票にしないのか?
皆が使うんだから、有識者だかなんだか知らないが、どっかの知らないオジサンオバサンが密室で決めるのってどうよ?って思いますケド。

やるなら国民投票で決めたらいいじゃん。こればっかりはそんな重要な政治課題でもなく、単純に好き嫌いなんだから、未成年でも投票できるようにしたいね。子供もOK。てか、子供達の方がこの元号を長いこと使うんだからより優先権があるんじゃないの?僕とか、その上とか、どうせこの先長いことないし(笑)、昭和に慣れた世代にとったら、平成ですら30年やってもまだ馴染めないままだし、多分新しいやつはもっと馴染めないまま死んじゃうでしょ。だったら沢山使うひとに決めてもらったらいいよね。てか、どうしてそういう発想をしないのかね?というのがまず不思議。

国民投票になると、キラキラネームとか下品な名称とかがポピュリズム的に一位になってしまって、それを使わされるのはたまらんという意見は当然あるでしょう。でもさ、キラキラでもいいじゃん、それが多数だったら。それが現状の日本の民度なんだから。恥ずかしさや痛さを皆で思い知るのもいいと思うよ。あとの時代になって、「ははは、この時代の連中ってアホや」って馬鹿にされるだろうなーとか思うのも乙なものです。自分らのことを反省するいい機会でもあるし。

(2)使い勝手 西暦換算
平成のときも「あー」と思ったが、どうせやるなら西暦換算しやすい時期にしてくれよって思うよ。昭和は良かったんですよねー。5違うので計算しやすい、1970年=昭和45年って5づつ変わるのでやりやすい。ところが平成が地獄で、いつまでたっても結局変換式覚えられんかった。滅多に使わんから、覚えたと思ってもすぐ忘れる。今回も2019年に元年がくるって換算しにくい。

そいえば中国古典ではなく「我が国古来の」とか、万葉集がどうしたとか言ってるけど、漢字使ってる時点でもうダメじゃん。よその国(中国)の文字なんだから。せめて空海が作ったといわれる平仮名にするとか(アレも漢字を崩しただけだから結局根っこは同じなんだけど)。

(3)10年毎に変えたらいいのに
別に、天皇の交代とシンクロさせる必要ないでしょうに。日本の伝統とかいっても、伝統に忠実であればあるほど天皇交代とシンクロしてはいけないのではないですかね。気分一新とか、そのあたりのいい加減な理由でコロコロ変わってたし、それが伝統といえば伝統。

だったら、2010年代、20年代というぐあいに10年ごとにやったらいいじゃん。音楽でもアートでも60年代は~とか言ってるんだし、10年ごとの輪切りは皆の感覚に合う。ならば、10年毎に変えたらいいんじゃないのかなー。今度は2020年に変えて、次は30年に変えてって。

平成だってさー10年毎に変えてたら、各時期区分がわかりやすい気もする。1990年代までは、わりと10年毎の時代区分というのがハッキリ見えてたんだけど、2000年以降、また平成以降、00年代とか言いにくいことも相まってか、なんか時代区分がわかりにくいんですよね。70年代と80年代の違いだったらクッキリしてるんだけど、平成10年代と平成20年代の違いはなにかと言われるとピンこない。その意味で10年ごとに変えていくと、時代の変化とかわかりやすくて実用性あるかも。またそういう意識にもなるから、ズルズルと失われた10年→20年→30年→40年みたいな話にもならないんじゃない?

(4)笑いとなごみ
もういっそのこと笑いを取るような感じでもいいかも。
喋ってるだけで「わはは!」と笑いだしてしまうくらいの。
例えば、平成とか令和とか真面目くさったやつじゃなくて、「ぽんぽこ」とかさ。タヌキみたいな。「あれは、ぽんぽこ元年でしたよね」「いや、ぽんぽこ2年のはずですよ」とかさ、笑っちゃうじゃないですか。場が和むよね。真面目な法廷の尋問でも和やかなムードに包まれて。

その種のネーミングだったらいくらでも出てくるね。「へなへな元年」とかさー、「さくさく元年」とかさー。別にパンダの名前じゃないんだから二音重ねにしなくてもいいけど。

それか超わかりやすくて景気のいいやつ、「爆発元年」とかさ、「勇気元年」とか、英語でもいいんだよね「フレッシュ元年」。

でも一発芸みたいな感じなので、長くて10年かなーと思うわけだし、それにこんなもん密室で決めたら「なんでじゃあ」って暴動が起きそうだから、だから皆で決めて恨みっこなし。

(5)好きかどうか
正直、平成だって好きじゃなかったですよねー。なにこの平凡丸出し、てか事なかれ主義的な、小心翼々たる感じは?エッジが立ってないな、ロックしてないなーって。まあ、元号がロックしてたらいけないんだろうけど(最高だと思うけど)。

もっといえば昭和なんか生まれたときからそうだから、好きも嫌いもないですね。日本はなんで日本なんだ?とか、地球はなんで地球なんだ?みたい感じ。考えてもしょうがねえや、みたい。でも考えたら好きか?と言われたら、別に好きでもないですよね。「昭」の字の意味がよくわからんもん。そりゃ字源としてはあるんでしょうけど、パッと見でビビっとくるかといえば、こないよね。

(6)国民に親しまれているか
これは世論調査とかやるよりも、もっとわかりやすいバロメーターがあると思います。
自分の作った会社やプロジェクトの名前につけるかどうかです。

その意味でいえば「明治」はすごい浸透力あったんだなーって思いますね。「明治」がつくものって沢山あるでしょう?明治大学、明治製菓、明治乳業、明治屋、明治神宮なんてのもあるな、明治村でしょ、明治生命(現明治安田生命)、、、

大正も大正製薬とかあるし、昭和も昭和シェルとかある。でもだんだん減ってくる気がするのですよね。昭和がつく企業と、明治がつくそれとでは明治の方が(著名なのが)多い気がする。逆に言えば、明治の頃は、文字通り天地がひっくり返るような感じで新しい時代が来たわけで、その象徴が明治という言葉だったんだと思います。

でもって平成になるとほんと知らんです。帝国データーバンクによれば平成を冠した企業は全国で772社もあるそうだけど、(出展は、http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/s190104_30.pdf)、でもあまり有名なのはないなあ。まあ、著名になるには時間が足りないのかも知れないけど。

でも、平成時代に有名になった企業、例えばユニクロとか、平成衣料とか平成なんたらって企業名にするとは思いにくい。ホリエモンのライブドアも平成時期に出てきたけど、平成通信とかあんまりそんな風になる気がしない。

つまり、僕らの素の感覚でいえば、元号というのはそのくらいの立ち位置なんじゃないかなって思うのですよね。明治の頃のように、時代を象徴し、自分の生き方とシンクロしてるような感じではないです。だから、今となっては大騒ぎするほどのこともないんでしょう。あとは徐々に盲腸化が進んで、いつ切除するのかなーって感じ。

以上ちゃちゃっと20分くらいで書いたものですけど、やあ、このくらいだったら読むのも書くのも楽ですよね。

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