内田くん、赤崎さん来訪~インターン戦略と人生の機微

Pocket

クリーニングトリオ再び

調べてみたらちょうど一年前くらいに3人で会ってます(その記事はここ)。

例によって、別口の面会案件をジョイントでやってやっちゃうパターン(お引き合わせもできるし)でしたが、今回もたまたまだけど同じメンツになりました。クリーニングトリオというのは、3人共クリーニングの仕事経験があるからです。今時点でメインにやってるのは内田くんだけで、赤崎さんは昔からの縁で週イチでやってるのがある程度らしいですけど。
シドニーでお掃除の仕事を考えておられる方、連絡くれたらお二人につなぎますよ(僕はちらっとやった程度ですから)。

内田くん案件
1年以上続いている、あるいはワーホリ時代から遡れば数年がかりで続いているウッチーシリーズですが、ほんと一歩いっぽ着実に進んできているのがわかります。

今回は、1年間の語学留学を終えて、2年目も同じ語学学校でまた一年やることに(神木さんと同じパターン、本気で永住とか狙ってたら1年では全然足りないし)。ちょっと日本に帰省して、7月から2年目開始。
この間の経緯でいえば、1年目の総括がひとつ。まずインターンが予想以上に良かった(ホテルの受付仕事)。あと2年目をどうするかで、語学学校にしてもどこにするかで結構ディスカッションはしました。それとGTEの添削。もうこれだけで相当メールのやりとりをしました。
前者においては、「小成に安んずる」こと「なかれ」で、ある程度昇ってきたら、そこで安心しちゃって、そこを守ろうとする、チャレンジ魂が少なくなってくることへの戒めでした。WH1年目のようなヒヨコではなく、なんだかんだいって海外生活4年目なんだから、もっと目線を上げんしゃい、楽になるオプションは選ぶな、そんな低レベルの物事を問題視するな、もっと自信持てよ、みたいな話。

GTEは、激しく7-8回くらいダメ出ししてましたかねー。1年目のGTEはすんなりやったんだけど、2年目は結構ビシバシと。いや、さすが1年留学してると飛躍的に英文がしっかりしてくるのですよ。このレベルまでくるなら添削とか文句の言いがいもあります。それにこちらで職を探すときのカバーレターでもなんでも、ビシッと筋が通って、一発で意味がわかって、ある程度格調が高く、かつユニークなその人らしさが出るような文章にしないと明日はつかめませんからね。なんとなく英文ぽいものを、そこらへんからかき集めて、ほにゃらら書いてたら話にならんわ。
ま、上級者になるほど稽古がきつくなるという、当たり前の話ですけど。

インターンですけど、まず内田くんのこっちの職歴はあんまりジャパレスメインじゃないんですよね。人見知りする部分もあって、日本人王道ではなく、わりと最初っからローカルで、クリーニングもシェア先のツテその他で早いうちから。住まいもCroydonとかAshfield、仕事もStrathfieldやら、遠隔のPenrithとか。今はSeftonに住んでおられる。セフトンなんて駅(サバーブ)知らないでしょ?僕もデリバリーの仕事やってなかったら知らんかった、オーバーンとバンクスタウンの中間、リージェントパークの近く。

NZワーホリのときは、当たり前のように最初からローカル一本でゲットでしてたけど、話をきくに、これが可哀想なことにクソばっかで、何回変えたのかな、数回以上かえてもクソばっかと、不幸ではあるんだけど、激しく修行にはなったという。かなりインド人慣れとかしてきたし。あ、インド系とかそのあたり(ネパールとか”デシ”(バングラ)とか)に慣れるのは、オーストラリアで(てか世界で)カジュアル現場バイトするなら必須要素ですね。僕もColesやデリバリー(工場とかカフェとかとにかく多いよ)で、基本仕事での顔見知りといったらインド系が半分以上です。ま、基本、いい奴らなんで、すぐ慣れますけどね。

今の仕事のクリーニングも、かなり尊敬できるチャイニーズ系の経営者で、仕事は厳しいけど、面倒見はいい。学べるところは多いと。

ただどこまでいってもクリーニングだけだったら永住権とかキャリアになりにくいので、「ローカル慣れ」というレベルはもうクリアで、今度はもうちょい職域を広げようぜという話で、1年目インターンでローカルホテルのレセプション。まあ、毎日が「きゃー」だったらしいんだけど、基本のところでローカル慣れしてるから、結構こなせて。またこなせる自分を発見してそれがまた自信になって。

2年目もインターン入れてますので、今度はどうする?って話でした。またホテルでもいいんだけど、いろんな観点から考えて、半年以上のインターバルで、語学学校のスタッフの方と一緒に考えていくことになってます。インターンで得られるものは観点別にいろいろあって、

(1)キャリアになること。これはオーストラリアの永住権に繋がっていくという面もあるし、オーストラリアだけではなく広く海外一般という意味もある。ホテル関係は、オーストラリアの永住権的には厳しいんだけど、国際就職という意味では有力なんですよね。ドバイでもスイスでもそれはリアルに感じた。世界中から働きに来てる。またインバウンド日本で本格外資ホテルという手もあろう。

(2)自信、視野、世界観。実はこれの方がデカいと思います。これも「小成に安んずる」という話にニアリーなんだけど、たまたま何かの仕事をして経験値がつくと、一生そこにしがみついて、そこからしか世界をみないからアタマが固くなるし、視界も狭くなる。どんどん違うことにチャレンジしていけば、「俺はコレも出来るんだ」的に視野がひろがるし、そのうちすごい大事な果実=「やったことないことも射程距離に入るが出てきます。全然未経験の領域であっても、多分俺ならなんとかこなせるって思えるようになる。これがデカいんですよ。

ということで着実に前に進んでいる内田くんでした。

赤崎さんの場合
滞在既に6年目だっけなの赤崎の場合、仕事関係で変化があったというよりは、一身上に大きく変化がありました。こんなプライベートなこと書いていいの?って本人に確認したんけど、全然構いませんよ~とのこと。

と思って一回書いて載せたんだけど、やっぽもうちょい様子をみることします。

差し障りのなかろう範囲でいえば、
最初は被爆回避目的もありつつ、一家でこちらに来て(お子さん二人)、旦那さん(文平さん)が学校いって仕事(歯科医)で永住権狙ってってところだったけど、軍資金やら態勢立て直しのために旦那さんだけ帰国して送金して、赤崎さんは自分の学生ビザに切り替えて、必死にクリーニング仕事やって、お子さん二人学校にやって(その際に学費が安くなるTAFE付属への転校だなんだでお助けもした)、一方では巨大な家を賃借してシェアメイトを3-4名くらい常時入れて管理して、かなり生活の鬼的にやってこられてます。ちなみにお子さんは途中で帰国されてます(今遊びに来てるのかな)。

その生活技術は凄いもんがあるよね。シェア管理も何度か相談を受けましたけど、異様に自己主張と被害者意識の強いシェアメイトが家賃払ってくれない、どうしたらいいかとか、誰かに壁をぼこっと凹まされて賠償請求したらいいのか、どういう言い方が角が立たないか、最近GumTreeに載せても載せても応募が少ないからどうしたらいいか?とか、いや大家さんも大変だよって感じ。

ちなみにシェアでいえば、赤崎さんちはRiverwoodってところにあるんだけど、その昔はそのエリアのシェアってCampsieが一番多くて、そこから先のBelmore, Lakemba以降はぼちぼちだったんですよ。ラケンバやパンチボウルは筋金入りのイスラムタウンで超エキゾチックで、さらにそこから先はマイホーム購入や一般賃借の対象にこそなれ、利便性重視のシェアは対象外って感じでした。シェア広告も非常に少なかったし。でも、ここ1-2年ではシェア探しのリスト作っててもラケンバ以遠がすごい多いんですよ。この間の不動産バブルでそれだけ新築物件が増えたってことなんでしょうし、この2年のプチ破裂で物件が余ってきてるのかもしれません。

また、クリーングの仕事もいっとき独立してやっていこうかってことで、僕も契約書を起案したりしました(立ち消えになったが)。
いや、それ以前に、赤崎さんには僕もクリーニングの仕事を最初に紹介してもらった恩がデカいです。やっぱ副業的になんかやった方がいいよねーとか思いつつ、Colesをはじめ破竹の連敗街道爆進中だっただけに、ありがたかったです。

赤崎さんと一緒の現場もちょこちょこあって、TAFE付属のUltimoキャンパスで車で待ち合わせて、拾って、アレキサンドリアとかライカードとかMarrickvilleのビジネス系サイトを二人でやったのはいい思い出です。
クリーニングは、知らないところに立ち入れるのが醍醐味で、ライカードの会社(工場)とか、あんなところにこんな職場があるなんて!って新鮮でした。いやあ、カツラ製造の会社の現場とか(製作アトリエみたいな)、舞台用のコスプレ衣装レンタルとか、なんでこんな商売でやっていけるのか不思議というアンティークというかジャンクというか、いや世間は広いわって。仕事はなんでもやってみるもんですよね。本とかネットやってる百倍以上の効率で情報が得られる。

現場の赤崎さんは頼れる先輩というか、あの細い体のどこに?って感じで、クソ重いバキューム背負って、これが早い早い、仕事が超早い、そして丁寧だし。やれコードがひっかかって陳列物倒したり、すってんころりんとか、絵に描いたようなドン臭い僕は、「はー、すげー」と感嘆したものでした。

いやあ、最初空港までお迎えにいったときが初対面だったけど、あの頃はちょい神経質な感じがしましたけど、今は逞しくなっちゃって(見た目は細いままだけど)、精神的にはガハハ系というか、「あー、なんとかなるっしょ」的な。いや、人間5-6年もスパンがあったら、けっこう変わりますよね。

内田くんが他の予定があって辞去したあと、近くのタイ料理屋さんで

 

 

 

 

Pocket

「内田くん、赤崎さん来訪~インターン戦略と人生の機微」への2件のフィードバック

    1. Tom Yum Tum Gangって店でした。
      249 Glebe Point Rd, Glebe

      同じGlebe Point Rdに面してるんだけど、150メートルくらい離れているのかな。
      Bridge Rdとの交差点をシティ方向に進むと、Wokで、逆方向(奥の方)に進むとこのGangです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です