宮崎恵さんのジャカルタ通信(その1)

Pocket

旦那さんとお子さんと一緒にジャカルタに駐在されている宮崎さんから懐かしいメールをいただきました。

宮崎さん(旧姓だけどそれで覚えちゃったのでそれで通すし)の体験談はここと、追加に「ワーホリ後3年~大阪→ケニア転勤・出産・テロ→帰国。そして~」があります。2011年にワーホリでやってきて、しかしわずか4ヶ月で帰国。理由は311の地震があったためです。帰国後結婚、大阪生活だ~と思ったのも束の間、ケニア転勤、第一子懐妊、ケニアで出産、でも近所のショピングセンターで反政府テロの爆破事件があり、、。帰国してしばらくして、今度はインドネシアのジャカルタで駐在。今4ヶ月目。

2011年にオーストラリアにワーホリで来たばっかの頃のスナップ。この風景はEnmoreで、だとしたら一緒にトルコ料理のPIDEを食べに行ったときだと思われ。

感想はまた述べるとして、まずは宮崎さんの最新メールを。

***********************

田村さん お久しぶりです。
2011年1月にお世話になりました宮崎恵です。お元気ですか?

私はとっても元気です。
今、インドネシアのジャカルタに住んでるんです。まだ住んで4ヶ月弱です。

シドニーから大阪に帰って、ケニア行って、神奈川帰って、ジャカルタです。今度こそ!半年とかの短い海外生活になることなく年単位で住めたらいいなーと思います 笑

 

↓これはうちのアパートの部屋から撮った写真です。きれいに晴れてれば山も見えます(^ ^)(宮崎さん解説)

なんか、何から書こう。
時々、シドニーでの日々のこと思い出すと、アプラックのホームページに行きます。でもたいていそういうときって、打ちのめされて泣きそうな時 笑

ジャカルタは夫の赴任で、私はケニアで長女を出産後、日本で次女を出産して、今は家族4人になりました。

初めての海外生活シドニーは、1人だったからすっごい孤独で、あの孤独さを経験したから、家族がいれば淋しさは全然感じないけど、今度は私が守るべきものができたので、別の意味で不安も緊張感もあり、いろんな初めての連続です。

ジャカルタの幼稚園
長女は、こっちで幼稚園に通っていて、こっちに来る前半年だけ日本でも幼稚園に通ってました。ジャカルタでは通える範囲で8箇所くらい幼稚園をトライアルしたけど、日本との違いがすごく面白かったです。インターだから、インドネシアローカルというよりは海外基準なんだろうけど、インターの中ではローカル寄りの幼稚園なんです。でも、日本とは全然違うんですよね。幼稚園なのに、小学校みたいにちゃんと時間割があるんです。普通に言葉も教えるし、算数みたいのもやるし、理科みたいなのもやるし。日本の幼稚園は、遊ぶことがメインだけど、こっちは授業テーマがはっきりしてて、それを子供が楽しめるような教え方になってるっていうか。

そこだけ見ると、すごく教育熱心っぽいけど、ルールはゆるゆる。ビーサン登園OKだし、ピアスもネックレスもマニキュアもOKだし、ぬいぐるみとか持ってっても怒られない。やることさえちゃんとやるならあとは自由。

↑宮崎さん解説~幼稚園、この格好で行くのもOK 笑 ちなみにマスクは風邪ではありません 笑  制服は、インドネシアの正装であるバティックっていう民族衣装です(^ ^)

だから、子供たちがものすごくのびのびしてるように私には見えて。
奇声をあげながら走り回って遊んでても、遊んでいい時間なら誰もうるさいなんて怒らない。日本だったら確実に注意しなきゃいけない空気。でも子供達はそういうことを制止されないから思いっきり遊べてるんだなーって見てて思わされたり。

初日はギャーギャー泣きだったのに、3日目には泣かずに行き、1週間半後に、
日本の幼稚園とジャカルタの幼稚園どっちが楽しい?って聞いたら、ジャカルタ!って即答でした。

私もまだまだ知らないことだらけだけど、日本ってすごい特殊な国なんだなーって思いました。その分、強みも弱みも大きいのかなと思うし。

子供がいなかったら見ることもできなかったし、そもそも知りたいとかの興味も持たなかったと思うけど、母親になっての海外生活はまた別の楽しさがあるなと思いました。

しかも、子供2人連れてると、恥ずかしいとかなんて聞けばいいかよくわかんないなーとか考えてる暇もなくドタバタだから、英語を話すことに躊躇しなくなり、そんな自分に驚き 笑

 

↑アイスココア?のお店。らしい

 

インドネシア~言葉と文化と
でも、インドネシアはインドネシア語だから、英語が通じない場面もたくさんあります。
それでもまぁ、なんとかやるしかないから、挨拶とありがとうと数字だけのインドネシア語と英語でここまで過ごしてきて。
さすがにインドネシア語がもう少しできないときついなぁと痛感中です。

初めての第3言語。頭の中こんがらがる!!
私にとって、これまでって、外国語イコール英語だったから、とっさに頭が英語で文章作るんですよね。で、いちいち、あ!英語じゃないし!ってなる 笑
でもほんとにまだまだ知らなすぎて単語も何も出てこない。

英語だってまだまだなのに、インドネシア語もって、楽しさと疲労がもうぐちゃぐちゃ 笑

インドネシアって、交通インフラも微妙だし、治安もあまり良くないとされていて、移動は全部車で、日本の免許証では運転できないからドライバーを雇って運転してもらう。

メイドさんやナニーさんも当たり前の文化で、ナニーさんを連れて歩いてる親子、本当にたくさんいます。

召使い文化のモヤモヤ~一番無能なヤツが偉そうにしてていいのか問題
でも、私、今、一番ここにモヤモヤしてるんですよね。
うちはナニーさんはいないけど、ドライバーとメイドさんはお願いしてて。

ケニアでも同じ生活だったんで初めてではないんだけど、どうも合わない。
というか、私の育った環境にはなかったからってだけなんですかね。気持ちの持ちようがしっくりこないんです。

私って、今、ジャカルタでは生きる術を知らないじゃないですか。
言葉がわからないのが一番の問題だけど、そこが最低限クリアしたところで、1人ではなにもわからない。毎日毎日周りの人たちに助けられる日々。
インドネシア人、とっても優しいから困ってると助けてくれる人が多いです。英語で話しかけても、精一杯、なにを言おうとしてるのか理解しようとしてくれます。

だからすごい立場としては弱いなって思うんです。

しかも、私は長女出産後から一度も働いていないから社会的価値ってない。
今の生活も夫が頑張ってきた結果。
夫を影で支えてきたって言いたいところですが、子供が生まれてからは、まずは子供達のことだし、正直子供達のことだけでエネルギー使い切って夫が帰ってきてももう動く気力なくてご飯を温め直してあげることすらしない日も普通 笑

いやーなんか、歳を重ねれば重ねるほど、自分のキャパの小ささにびっくりします…

それでも夫は、笑って、子育ての方がはるかに大変だから大丈夫って言ってくれる。いやいやいや、たしかに子育て大変だけど、夫には私には分からない苦労が山ほどあるはず。
ノロケとか通り越して、同い年なのに人としてキャパの差がありすぎて自分に呆れます。

なら頑張れよ!ってかんじだけど、これでも精一杯頑張ってる!笑
自分のためだけの時間はほとんどないし、基本家族のために毎日が終わるし。

だから私、ほんとにただの専業主婦なんですよね、今。
日本では自分で車運転して、家事も育児も全部自分でするのが当たり前の生活。
なのに、ここにきたら、ドライバーがどこでも連れてってくれるし、メイドさんがお掃除しておいてくれる。

ドライバーは英語もできるんです、私なんかよりはるかに。どうやらパイロット志望なんだけど今は航空学校を出てもなかなか航空会社に入れない?とかで、どこかに決まれば辞めちゃうであろう繋ぎでうちのドライバーしてくれてるみたいで。

メイドさんはインドネシア語だけなんです。で、メイドさんとの会話でぜんっぜんわかんなくてお手上げ〜ってなったら、ドライバーが電話やチャットで英語に通訳してくれて助けてくれるし、今日も薬局に行かなきゃいけなくて、それも通訳のためについてきてくれたり。

とにかく、ドライバーに限らず、いろんな人のヘルプがあって、やっとやっと毎日が過ぎていくんですよね、私。

なのに、彼らとは全然違う生活してて。
そんなこと言ったからってどうにもならないし、じゃあ代われるのかって言われたら無理だし、そもそも考えてること自体が無駄なのかもしれない。

でもすごい、心がギューーーーって握りつぶされるような気持ちになるというか。

ただ、生まれた国が違うだけ。

メイドさんは最近来てもらうようになったばかりだからまだこれからなんですが、ドライバーはこの4ヶ月ほぼ毎日運転してもらってて。

結構、ドライバートラブルとかが多いから、信用しきってはダメって聞くんですよね。
でも今のところ、うちのドライバーは遅刻もないし、連絡つかないこともないし、危ない運転とかもないし、めちゃくちゃ気が効くし、いつも笑顔で優しいし、すごくいい人。
いつも娘の幼稚園の迎えがあるから、幼稚園の話もするんですが、プールの話になった時、ドライバーが子供の頃プールに落ちて溺れかけたことがトラウマになって、22歳まで泳げなくて、練習して、やっと入れるようになったみたいな話をしてくれたんですよね。

Can I have a ticket to town hall?
さえも使えなかったシドニー時代からしたら、こんな話を英語でできるだけで、私にはもう楽しくて嬉しくて仕方ないわけです。
でも、その話を聞いた時、心のどこかでは、これは私の警戒心を崩す作戦かもな。って思ってる自分がいるんです。

自分1人だったら、まぁ、騙されたらその時はその時って考えも、もしかしたらありかも。明らかに、彼が悪い人には見えないし。
けど、子供もいつも一緒だから、そう思えない。時々、帰りに家の近くのスーパーに寄ってもらった時に4歳の娘が寝ちゃってたりして。下の子は起きちゃったら私がいないと泣くから連れてくけど、上の子はドライバーと仲良しだし、駐車場は店の目の前の平面だし、たぶん起きないし、そのまま車で寝かせておけたらラクだし、ドライバーにも、連れてくの?って聞かれるから、ちょっと見ててもらえる?ってお願いしたら絶対いいよって言ってくれる。

でも、必ず起こして連れて行く。
もし、もしも彼が悪い人だったら取り返しつかないし、たぶん私は本帰国までこれを続けるんだけど、本帰国まで私たち家族のために毎日いろんなこと考えて助けてくれたら、なんか最後の日、私一人で泣きそうだなとか思うんですよね。

私、普通の友達関係でも、浅く広くみたいなのはあんまり得意じゃなくて、深く付き合える友達がほしいんです。

けど、歳をとるごとに、周りも結婚したり子供できたりすると、だんだん深くその個人を掘り下げるような話にならないんですよね。

私は単純に、その人がどんな背景を持っていて、どんな人生で、どんなことを考えて感じて生きてるのかにすごい興味があるんです。男女問わず。

だから、本音を言えば、ドライバーもメイドさんもいい人なら家族みたいになれたらいいのにって思う。もちろん彼らは仕事だからそこはしっかりやってほしいけど、もっと仲良くなれたらいいのに。
とかなんとか、考えても仕方ないことをここ最近モヤモヤモヤーって考えてました。

でもこれも貴重な経験ですよね。
久しぶりなのに近況報告っていうか、今のモヤモヤをただ話しただけになっちゃいました 笑

さ!アプラックブログ読もー!あ〜田村さんに会いたい!

*****************
田村返信部分

宮崎さん おひさしぶり!!田村です
いやー、前回はケニアのテロ爆発事件でしたね。 今は、ジャカルタかー。いいなー、変わりたいくらいだよ。

内容、すっごい面白かったです。ちょっとレスするね。

ジャカルタ、てかインドネシア、というかもっと広くアジア社会には、昔の日本、昭和の、それも初期から中期(昭和30-40年代まで)の日本と共通する、人のぬくもりがあると、よく言われます。

僕は体験してないからわからないけど。
でも、そうだろうなーとは思う。なぜってそれがナチュラルな形だから。人間ってそんなもんでしょ?という普通に暖かいし、でも、普通にズルいし、自分と同じだよね。それがあんまりスポイルされてないと、こんな感じになるでしょう。

昭和50年代くらいからです、日本で「管理社会」という言葉が出てきたのは。最初は、なんか居心地悪いなー、なんか嘘くせーなって皆もヤダったし、僕も嫌だった。でも、だんだん皆慣れてそれが当たり前になっちゃったみたい。僕は未だにイヤだけどね。

あとさ、(専業主婦とかドライバーとか)自分の立ち位置や自分の価値をそんなに貶めなくてもいいと思うよ。

言いたいことは、自分は何も出来ない=お金も稼いでないし、言葉も不自由
それに引き換え、旦那さんはしっかり稼いで、包容力もある、キャパがでかい(超いい旦那じゃん、今度あわせてくださいよ)

それに引き換え(その2)は、ドライバーや現地の下働きをしてくれている人達が、すごい優秀なのに報われてない。でも、自分はたまたま報われている、この不合理、この理不尽、この不当利得感。

てなところだと思いますが、

まず、金稼いでどうのって部分は、それは人生の半分以下だと思います。
人が生きていくのは、もっともっとキャンバスやテリトリーは広大で、お金は大事な一部だけど、一部でしか無い。

子供さんがすくすく育つのって、簡単ではないし、ここがコケたらもう大変でしょう。まず、家庭内がギスギスするから、一家全員の人生のクオリテイが下がる。この不幸分、ロス分を金銭換算したら数千万ではきかないですよ。

また、子供が妙に育ってしまったら(子供が悪いんじゃなくて、親がネグレクトとか虐待とか過保護とか)、その子が将来の日本(地球)でなんらかの形で他人に損害を与えるだろうし、でも、すくすくいってくれたら、必ずや誰かを助けてあげられるでしょう。

その意味では、「次世代養成部門」の統括官をやってるんだから、責任は重い。
責任の重さはわかるでしょう?でも、責任が重いということは、それだけ「価値」があるということでしょ。価値がなかったら責任なんかないですよ。

旦那さんだって、お金を稼いで生計を立ててる部分だけが価値があるわけではなくて、もっと大きな人間的な部分に計り知れない価値があるわけでしょ。
じゃあ、自分だって同じだと思うよ。自分にもその価値はあるし、自分が人間的に良くなれば、それは自分だけではなく周囲の人に大きな価値をもたらす

第二に、社会的国際的理不尽ですけど、それは確かに問題なんだよね
でも、だんだんその差は縮まっている。先進国はどこも凋落してるし、そんなこと言ってられるのも今のうちって部分もあります。
又、先進国だって、優秀な能力をもちながら報われない人はたくさんでてるし、日々量産されているといっていいです。

その意味でクソみたいな世の中なんだけど、それはもう自然現象みたいなもので、なんとかしなきゃいけない反面、それを前提にどう気持をもっていくかですね。

その意味で、宮崎さんのような「不当利得感」は非常にまっとーなものだと思います。
それでも、金銭的には報いてあげられないけど、でも、レスペクトは出来ると思います。
それが人間にとっては一番うれしいことだし、一番大事なことかと。

そして、レスペクトしつつも、

> もし、もしも彼が悪い人だったら取り返しつかないし、たぶん私は本帰国までこれを続けるんだけど、本帰国まで私たち家族のために毎日いろんなこと考えて助けてくれたら、なんか最後の日、私一人で泣きそうだなとか思うんですよね。

うん、当然の警戒はするよね。それが、「次世代養成統括官の苦悩」というやつで、誰かを守る職についた人の根本的なジレンマだと思う。

他者とよい関係を作りたいし、素直に信じたい。
他方では、もし裏切られたらということも考えなければいけない
矛盾してるんだけど、その矛盾をこなさないといけないのが、職務の難しいところだと思います。

どっかで割り切り、割り切ったおかしな部分は、あとでなんかの形で埋め合わせるという。

その2に続きます。

Pocket

「宮崎恵さんのジャカルタ通信(その1)」への2件のフィードバック

  1. これまた、新鮮で素敵な話とやりとりですね。いちいち、納得します。わが家はもうすぐ3歳になる孫がまだコトバ(日本語)を話さないので、先日家族全員で市が主催する小児科の先生のその方面の講習会にでかけました。そうしたら、ものすごい数の参加者なのです。家族ではなく、学校や施設やその方面に関わりのある現場の職員さんたちです。その数の多さを見て私たちはとても心強くなりました。世の中捨てたものではありません。嫁もそう思ったと思いますし、なにより爺婆と一緒に問題を共有出来たことで安心したと思います。私、何を言いたいのだろう?今日は、これにて。じゃ、宮崎さん、田村さん、また。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です