錦織千絵さんのインド物語(2)~挑戦から挑戦へ

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Part 1から続きます。
トップ画像は、錦織さんのインスタから借りてきた写真。日本の田園風景かと思いきやインドの写真だそうです。日本とインドで凄い違うようでいて、根底にあるものは同じなんだな~って。

さて、わずか10ヶ月のWH体験談でもあれだけのボリュームになったのですから、5年半のインドともなると膨大な情報量になります。かといって「インドで頑張ってま~す」「おー」みたいな通り一遍のものにしてしまうにはあまりにも勿体ないので、こちらの方からあれこれ整理誘導して書いていただき、さらに編集しております。

最初に簡単に
(1)なんでインドにいるの?なにやってたの?
(2)退職から今日への歩みと葛藤
(3)現在の活動の内容
(4)僕との質疑応答
という大きく4つの柱を立て、まず(1)~(3)について書いていただきました。

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(1)なんでインドにいるの?なにやってたの?
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名前:錦織千絵 Chie Nishikori
年齢:35歳
性格:頑固、負けず嫌い、見栄っ張りで飽きっぽい、人の顔色をすぐに気にする怖がり(特に声の大きい人が怖い・・・)、人が好き、依存性が高い、新しいことが好き
インド滞在歴:2012年10月~現在(約5年半)

来た理由:異文化環境で自分の強み弱みを確立させ踏み台にしたかった。彼氏がデリー在住インド人。

やっていたこと:
大手人材紹介会社インド支社で正社員として勤務。
インド人・日本人双方への異文化理解、ビジネスエチケットに関わる研修事業部を社内で2013年に立ち上げ、研修提案・運営・実施・顧客フォローに従事、インド全土担当。

プライベートでは2014年末頃より彼が作ったバンド「Chizai」にトロンボーンで参加。
仕事と並行しながら主に洋楽のカバーバンドとしてデリー中心にライブ演奏を行う。金管楽器+トロンボーン+日本人という異色の組み合わせで話題性があり、デリー首都圏内でライブの引き合いも増えて来る。
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と、ここまで書いてみたけど綺麗なものじゃなくて・・・なんかこうぐちゃぐちゃで不安でどうしようもなく一人で寝ることも朝起きることも辛くて会社でもうまくいかなくて死んだ魚の眼をして通勤して寝る時間もままならない・・・・みたいな時間が、5年間の8割ぐらいを占めてました。

インド人の顔なんか見たくない!ってなった時もあるし(後にこれはただの気持ちの反動だと知るんだけど・・・)。でもさ、残りの2割「あー、これか!」みたいな最高の成功体験ができるから、そこに向けてまた頑張っていく。
他人の顔色ばかりを気にしてうまくいかないことも、自分が最初に決めたことを信じて進めば大体はうまくいく。しかしそもそも最初に決められず、納得もしてないのにズルズルやるようなことが増えてきて、だいぶしんどい時期もあった。その度に自分を責めて解決策を見出していく。
その繰り返しを行うことで「行動」が「経験」となり、そして2割の成功に繋がっていく、それを感じたのが5年経った頃ぐらいかな。

それでもバカみたいに、いつも優先順位つけることを後回しにして、ゴールも設定しないで、とにかく過去の経験をなぞってなんとなく進める癖があって、自分の首を苦しめるんだけど。。。笑。
なにはともあれ、無駄なことは一瞬もなかった5年でした。
この研修の仕事が大好きだったから、その熱意でお客さんとも仲間とも一緒にやってこれたのかな、って今は思う。感謝。
あと、3年経った頃ぐらいから強く感じ始めたんだけど、家族を大事にするインド人の人たちは心の中にポッと温かいぬくもりを持っていて、その温もりに浸ることができる瞬間は仕事でもプライベートでも幸せな瞬間でした。

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(2)退職から今日への歩みと葛藤
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退職:2017年12月、5年勤めた会社を退職。
勤務中に、多くの日本人がインドの環境や人間関係で悩みを抱えると知り「自分はインドを楽しんでいるか?」と疑問になる。
そこで、「自分が楽しい」という状況をとことん突き詰め、結果それが誰かの助けになるような仕組みを作りたいと考え「錦織千絵をショーケース」する企画を立ち上げようと決意。
真面目で計画性・継続性のある日本人と、突発的で短期的で柔軟性のあるインド人が根底でわかり合うには、「自分」からのアクションが一番効果的であると「体を使った」企画を試行錯誤中。「信頼・相手への尊敬の念・交渉力」これがインドでのビジネスで教わったポイントです。
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2010年に書いたAUSの自分の体験談に「自分にとっての幸せは何か?本気で考える旅になった」と書いてあったけど、今回2017年末に退職を決意した時にも全く同じことを考えていた。
働いている時に「お客さんのため、一緒に働く仲間のため・・・」と思って根詰めて生活していたら結局「自分が好きなこと・楽しいこと」に集中する時間も頭もほぼゼロ。笑

7年経っても何にも変わってないじゃん、って落ち込むよりも、むしろ笑ってしまった。
人って本当にそんなに簡単に変われないし、意識しないと大事なことなんて忘れて日々の作業に没頭してしまう。その方が楽だもん。

勤務していた会社では事業の立ち上げっていう初期のステージを体験させてもらい、最初にイメージしていたことの20%ぐらいまで達成して退職することになった。
インドに5年住んでみて「インドは一筋縄ではよく分からん」ってことが分かった。
人生一度きりであれば、次の20%以上のレベルに進むには兼ねてからの課題であったとことん「好きなこと軸」でレベルアップしてみたい、と思ったのがきっかけだったかな。
殻が3回ぐらい大きく剥けてパラシュートみたいに答えが落ちて来ることがあった、これはオーストラリアで学んだことと一緒。

2010年から振り返ってみると、オーストラリア編+インド編合わせて7年分ぐらいの社会人第二章が終わって、7年かかった準備運動から本番レース開始っていうイメージ。
これからは、組織に属さないのでむしろ「やりたいこと軸」が唯一の頼りになるんだろうと思ってる。慎重に物事を進める私らしいな、笑。7年たっぷりかけた修行の準備運動は肥やしとなっていくと。

文字ばかりだとしんどいので、錦織さんのバンドが、2017年7月にリリースした初のオリジナル曲「Faraway」

 

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(3)現在の活動の内容
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バンド活動:週に3回程度デリーを中心にライブやフェスティバルでの演奏活動。
私が仕事を辞めて時間もできたのと5年働いたお陰で資金があるので、これからはオリジナルの作詞作曲活動にも時間をかけ、近いうちにバンドメンバーとキャラバンで自作した曲のプロモーションのためインド周遊を企画中。
周遊中に自身をモデルにしたビデオを撮影しyoutubeで公開。日々の生活で忙しい駐在員や現地採用、日本にいるサラリーマン、働く女性に向けて、インドで感じた「自分が起こしたアクション」の結果を伝え元気を共有する。
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今年はもう、何と言っても7年の修行を終えた晴れ晴れしい第1年目の本番レース開始なので、あまり深く考えずに「直感」を大事にしていこうと思っています。

インドは途上国ということもあって、多くの可能性が溢れてて「これいいかも!」って思ったレベルでどんどんやってみて失敗、プランを全取っ替えして再スタートみたいなこと普通にみんなやってるので、ハードルが低いです。

5年の間に培ったここでの人脈やネットワーク、資金は何よりもの武器になるし。
「時間を制約」する「オフィス仕事」がなくなったので、面白いぐらいに新しい話がポンポン入ってくる。
今考えると、オフィス仕事してる時にも音楽関係の面白い仕事のお声がかかってはいたんだけど、時間に制約があってほとんど断ってた・・・。
今は時間もお金もある夢のような時期なので、もうやるしかないです。

これ書いている横で、彼氏の携帯に電話が入って、彼が昔演奏したホステルで知り合ったお客さんが私のトロンボーンを見て喜んでくれて、そのお客さん実は日系の車メーカー相手にサプライヤーイベントを企画する仕事をしていて。今度アブダビでサプライヤーパーティーがあってインド人の演奏家と外国人のセッションを企画しているので出れないか?とオファーが来た・・・。
今までは一人で海外に演奏に行く機会があってもオフィス仕事優先だったから断る案件だったのが今は二つ返事でOK。本番までに多くのミュージシャンや関係者の人と仲良くなって色々勉強させてもらえると思うとワクワク。
こんな時だからこそ、先にも書いた「優先順位をつけて、好きなことやる」、「信頼・相手への尊敬の念・交渉力」に注力してレベルアップしていく時ですね。

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ここまでが(1)-(3)なのですが、それを前提にした僕との質疑応答があります。
上の部分に関して僕からの「反対尋問」としては以下の通り。先に書いておきます。錦織さんからの回答部分は次回。

田村からの質問
(1)なぜインドに?についてですが、修行理由(チャレンジできる)と彼氏(の故国という)理由がありますよね。そのレシピーはどうでしょう?

遡るけど、Wh時代にかなり得るものは得たと思うのですが、それを日本で開花させる気はなかったのかな?とかも思ったりして。ご実家は、、、島根でしたっけ?錦織さんは日本とのつながり厚そうだし、「日本が嫌だから」ってタイプの人じゃないと思うので、そのあたりもうちょい聞きたいなと

さらに(1)関連して、仕事の具体的な中身です。ボスは日本人なのですかね?でもって、毎日何をやってたのでしょうか?人材紹介に関する橋渡し研修なんですけど、単なる静かなデスクワークじゃないような感じなんですけど?
逆に言えば、今からインドにくる日本人にあれこれイントロやオリエンはできるということですね?それを起業(副業)にするとかいうことも可能か?と 世界ネットワークで、インドにいくなら千絵ちゃんに聞けって言っていいのか?という点です なんかこれだけで1本いけちゃうような気がしますな(笑)

(2) (1)の末尾に関連するけど、「「錦織千絵をショーケース」する企画を立ち上げようと決意」~この部分が今ひとつわかりにくかったんだけど、自分のケースをベースにしケーススタディ研修みたいな感じ?クライアントは誰を想定してるのかな?それか、僕が弁護士やめてこっちきたみたいに、「人生の清水の舞台の飛び降り方」みたいな、APLaC界隈では皆が似たようなことやってるわけだけど、ターニングポイントにおける歩き方みたいな感じ?
そのあたり、パラシュート的な一般論はわかるのだけど、もうちょい具体的な話は聴けるかな?そして、それが「ショーケース」とどう結びつくのかが読んでてよくわからなかったので。

(3)音楽活動は、最初の頃から並行してやってたわけだよね?
傾向としては、ソフトで生理的に気持ちいいポップスって感じで、インド感はないんだけど、そういう方向性についてはバンドで話し合ったりするでしょう? なんか最初の頃の(昔もらった)写真みてる、メタル系の好きそうなギター持ってたりして、そっちかなとか思ってたけど

あと、バンドで食っていくのはめちゃ大変なんだけど、自腹きってでもライブハウスやったりって感じでしょうでも、なんかお座敷かかったり順風満帆にいってる感じなので、そこに大きなハテナ?がでてくる。

なんでそんなにうまくいってるの?という。
過程が見えないので、リアリティがないというか。最初は全然客が入らないとか、メンバーチェンジも激しかったとか、どっかで転機が来たとか、日本人が在籍してるだけでこんなに話題になるとも思いにくいんだよね。そのあたりインドのインディーズシーンとも絡めて教えてください。

総じて言えば、主観的な高揚感があって、それが読んでて気持いいんだけど、客観的な説明部分が薄いので、読者は取り残された気分になるのよね。あたま真っ白の読者を想定し、同じ地平から積み上げるようにストーリを紡いでくれるとうれしいです。

ということで錦織さんからの回答は次回に載せます。

 

 

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